劇場公開日 2024年8月23日

「 脈絡なく並べたようにも見えた断片的な映像の連なりから、次第にくっきりと浮かび上がりのが自然に囲まれたフランスの大地の圧倒的な映像美に打たれたのです。」至福のレストラン 三つ星トロワグロ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 脈絡なく並べたようにも見えた断片的な映像の連なりから、次第にくっきりと浮かび上がりのが自然に囲まれたフランスの大地の圧倒的な映像美に打たれたのです。

2024年8月25日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

知的

寝られる

萌える

 野山や海を上流とすれば、客が待つダイニングは下流。特別な一皿に結実するまでの壮人な食の大河ドラマです。
 半世紀以上、ミシュラシ三つ星に輝く仏老舗「トロワグロ」。現在94歳のアカデミー賞の名誉賞も受賞しているドキュメンタリー界の巨匠フレデリック・ワイズマン監督が、仏料理界の最高峰であり、親子3代にわたりミシュラン三つ星を55年間持ちつづけるフレンチレストラン「トロワグロ」の秘密に迫ったドキュメンタリー。
 因みにレストランの創業は1930年、94歳の映画作家とは同い年に当たる。

●概要
樹々と湖に囲まれたフランスの村ウーシュにあるレストラン、トロワグロ。建築家パトリック・ブシャンの手による、周囲の自然と解け合うモダンなレストランでは、オーナーシェフ3代目のミッシェルと4代目のセザール、そしてスタッフたちのあくなき食への追求が日々つづいています。
 メニューが創造される瞬間、厨房での調理、食事風景をはじめ、市場や、オーガニックの農園、牧場、チーズ工場へ赴き、人と自然が共存するパーマーカルチャーに取り組む姿などを通して、創業以来94年間、家族で始めたレストランがなぜ変わることなく愛されつづけてきたのか、その秘密をカメラがとらえていきます。

●解説
 仏国土のほぼ中央、ヘソの位置にあるウーシュ村。田園風景に溶け込むレストランと、取り巷く人々が本作の主人公です。これまでの作品と同じく、ナレーションなど説明的な演出は一切ありません。今どこで何が行われているのか。彼らの関係性は…。鑑賞者は、事前のリサーチもしないというワイズマンの視線と心の動きをなぞりながら、映像に目を凝らし、会話の内容に耳を澄ますことになります。
 美味しそうな料理が目白押しで、お腹を空かして見ないほうがいいかもしれない本作ですが、いつもながらのスリリングなワイズマン作品であるがゆえに、美食家とは言い難い人でもすっかり夢中になれることでしょう。ワイズマンの映画はつねに個人ではなく組織=集団に焦点を当てます。
 彼の作品は、医療福祉や司法から、格闘技まで、主に現代アメリカを構成する組織を映してきた。米社会はファーストフード文化。食を描くうえで、同じく農業大国、高り食料自給率でもガストロノミー(美食学)の国に行き着りたのは自然なことでしょう。

 老舗の一日は組織化されています。特に規律を感じるのは厨房のシーン。多くの料理人がせわしなく行き交いますが、動きに迷いや無駄がないのです。そのさまは一糸乱れぬ演舞。山海の恵みを集めた食材や調理器具、カトラリーが奏でる多様な音や、ダイニングのざわめきが耳に心地よかったです。
 家族経営による同レストランは、現在、4代目オーナーシェフのセザールが中心となり、父で3代目オーナーシェフ、ミッシェルが後ろ盾として支え、セザールの弟レオも別の店でシェフを務めています。
 親から子へ、屋号とともに伝統を引き継ぐという点で、日本における「のれんを守る」感覚とも通じます。根底にあるのは進取の精神。妥協のない新メニューの開発から、出ず入らずのホールスタッフの接客術まで三つ星の「極意」を惜しみなく映すのです。
 そんな「経営体」にして「工房」でもあるこの店では、客に提供するサービスやメニューを巡り入念な打ち合わせが繰り返され、多様な国籍を持つ料理人たちが動き回ります。 厨房は、さながら芸術作品の上演を準備する舞台裏のように創造的で慌ただしかったです。そんな日々のちょっとした「破調」もカメラは見逃しません。作為や予定調和とは無縁です。ドキュメンタリーならではの日常のドラマが、自慢のコースメニューを際だたせるスパイスとなっていました。
 「料理は永遠に終わらない……」。上映時間にして4時間。この映画はいかにして終わるのか、いや終わらないでほしい、といった想いが交錯するなかで迎える終盤、海外からの客との会話でミッシェルがそう□にします。芸術は永遠に不滅だ、といった常套句ではありません。
 「料理は完成するが、それを食べた客から感想が伝えられると、私の心もまた新たな何かに開かれる……」。だから料理は絶えず変化し、それが英語で「ムーブメント」と表現されるわけです。料理とその周辺に息づく世界を「変化=運動」として捉えること。それこそ、ワイズマンの映画ならではの試みであり達成なのだといえるのでしょう。

●感想
 脈絡なく並べたようにも見えた断片的な映像の連なりから、次第にくっきりと浮かび上がります。黙々とメニュー開発の打ち合わせと調理、接客シーンがナレーション抜きに展開する前半は睡魔との闘いになりました。
 けれども休憩を挟み、トロワグロに食材を提供する牧場や農地などの紹介が多くなったとき、自然に囲まれたフランスの大地の圧倒的な映像美に打たれたのです。
 ミッシェルは、柔道家でもあり、何度も来日経験があります。そのため周りから日本かぶれと揶揄されたこともあったそうです。けれども彼は決して日本にかぶれているのでなく、単に日本食が好きなのだと反論していました。
 そのため彼と息子達のシェフは、揃って日本の食材を普段から取り入れており、醤油はうま味をもたらす調味料として常用していたのです。またシソは日本独自のハープとしてミッシェルのお気に入りで、庭で栽培しているとか。さらに味噌など日本食の食材を常に活用したメニュー開発に取り組んでいます。
 世界を代表するフレンチシェフが日本食愛好家であることは、なにやら誇らしさを感じました。

流山の小地蔵