「アンゼルム・キーファーの個性的な作品の数々」アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家 大岸弦さんの映画レビュー(感想・評価)
アンゼルム・キーファーの個性的な作品の数々
アンゼルム "傷ついた世界"の芸術家
神戸市内にある映画館シネ・リーブル神戸にて鑑賞 2024年7月2日(火)
戦後ドイツ最大の芸術家アンゼルム・キーファー
ドイツの歴史、ナチス、戦争、リヒャルト・ワーグナー、ギリシャ神話、聖書などをテーマに、砂や藁、鉛などを用いた作品が特ドイツの歴史、ナチス、戦争、リヒャルト・ワーグナー、ギリシャ神話、聖書などをテーマに、砂や藁、鉛などを用いた作品が特徴。
以下パンフレットより 長澤均(服飾史家/デザイナー)
観客はまずそのスケール感に驚かされる。アトリエに置かれたたくさんの絵画、そこにキーファーが現れたことで、作品の巨大さを改めて知る。画家はローラーの付いた巨大カンバスを押し出すとアトリエ内に置かれた自転車に乗る。カンバスは押された勢いで自走し、絶妙な位置で止まる。
広大なアトリエを自転車で移動するキーファー。たくさん置かれた棚には、彼が収集した様々なものが箱に入れて積まれている。枯れた草木や石っや動物の骨
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堕ちるものすべてに翼がある
キーファーの絵画はさまざまなものが複雑に折り重なっている。しかも概念や哲学が多層的に重なっているというだけでなく、実際に物質的にいくつもの素材が重層しているのだ。
その層を剥いで、観客に種明かしをするかのように、映画の中でキーファーが答えを用意している部分もある。
「リリトの住処は廃墟だ。戦後の荒廃した建物は彼女にとって完璧で、待ち望んだ場所であった」。そのモノローグに敗戦時に瓦礫の山と化したドイツの都市映像が重なる。
廃墟の時代に生まれた彼が神話と関わるのは神話に逃げるためではない。そこに神話的現実が現前していたからに他ならない。
そして現代のダイダロスたるキーファーは、神話の職工がそうであったように人工の翼を作り続けている。キーファーがつくる鉛の巨大な飛行機は飛び立つことはない。彼は詩人パウル・ツェランに深く傾倒してきたが、ツェランに捧げた連作「シダの秘密」の中の1枚、いくつものドレスが落下している作品にはこう書かれている。
「堕ちるものすべてに翼がある」
キーファーのつくる飛行機や翼の根底にあるのはこの観念だろう。この一節によって画家が、映画前半で、螺旋階段に吊るされたいくつもの衣装をひとつひとつ床に投げ捨てていくシーンの謎が解かれる。ラテン語で「スルスム・コルタ」と題されたこの作品は、ヴァルキューレが戦場での死者の魂をヴァルハラの宮殿に運ぶという北欧神話に想を得たものだ。もちろん北欧神話というだけではなく、リヒャルト・ヴァーグナーからナチズムまでヴァルハラ幻想は連なっていることをキーファーは承知しての作品だ。
「スルスム・コルタ」でのいくつもの汚れた衣服(=翼)は、天上に魂のメタファーでもあるが、上がるだけはなく「堕ちる」ものであることを、画家として語っている。それは、北欧神話からドイツ史までを俯瞰しての想念だろう。
映画にクライマックスが必要なわけではないが、ヴェンダースは”翼”を軸にひとつのクライマックスを中盤に用意した。
飛行機作品の展示会場の古い映像から森へとカメラが移り、そこに張られたスクリーンにアトリエが写りだされる。その広大な庭に置かれた爆撃機のすべての窓から飛び出る、枯れた向日葵の花と茎の圧巻さ!
白い室内に枯れたケシが林立する「モーゲンリー・プラン」と言う作品をカメラは誉め(ケシはツェランの詩集「ケシと追憶」に由来するものだろう)さらに鉛の書物の上に置かれた紙の書物が風でめくれるのを上から捉えると、まるで飛行機が飛んでいくかのようにバルジャックのアトリエの俯瞰映像になっていく。
この作品の中でとりわけ美しいシーンだ。
そこから30分後、ラストシーンには翼の彫刻が映し出される。誰もがここで映画「ベルリン・天使の詩(1987)」を想起するだろう。こうしてキーファーのいくつもの"翼"は、これまでのヴェンダーズの映画作品に登場する"翼"に連なっていく。
アンゼルム・キーファー巡る1時間半の映像は、最後見事にヴィム・ヴェンダーズに収斂されていくのである
注釈
「リリト」
リリスとも表記されるユダヤの伝承における女性の悪霊。中世以降の伝承でアダムの最初の妻とされるようになり、アダムとリリトの交わりから悪霊たちが生まれたと言われている。
「モーゲンソー・ブラン」
2度の世界大戦の中心となったドイツから戦争能力を未来永劫奪うために1944年にアメリカ政府が立案したプラン。財務長官でユダヤ系のヘンリー・モーガンソーによって立案されたことからこの名が付く
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アンゼルム・キーファー (1945年生まれ)
ダニエル・キーファー(アンゼルム・キーファーの息子)本作では本人の青年期を演じるアントン・ヴェンダース(ヴィム・ヴェンダースの孫甥)本作では本人の幼少期を演じる
ヴィム・ヴェンダース 監督 (1945年生まれ)
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感想
この作品は、明確な物語は存在しません。
「先入観を捨てて、この衝撃的なビジュアルをただ楽しんでもらいたい」とヴィム・ヴェンダース監督がおっしゃる。その通りかと。
彼の作品は、日本国内でも何度となく展覧会が行われて公開されている。