「読み手は物語が完結していないと次のページをめくれないように、遺族も故人の人生が完結しないと次に進めない」来し方 行く末 えすけんさんの映画レビュー(感想・評価)
読み手は物語が完結していないと次のページをめくれないように、遺族も故人の人生が完結しないと次に進めない
主人公のウェン・シャンは大学院まで進学しながら、脚本家として商業デビューが叶わず、不思議な同居人シャオインと暮らしながら、今は葬儀場での〈弔辞の代筆業〉のアルバイトで生計を立てている。丁寧な取材による弔辞は好評だが、本人はミドルエイジへと差し掛かる年齢で、このままで良いのか、時間を見つけては動物園へ行き、自問自答する。同居していた父親との交流が少なかった男性、仲間の突然死に戸惑う経営者、余命宣告を受けて自身の弔辞を依頼する婦人、ネットで知り合った顔も知らない声優仲間を探す女性など、様々な境遇の依頼主たちとの交流を通して、ウェンの中で止まっていた時間がゆっくりと進みだす(公式サイトより)。
主人公のウェンは脚本家を志しながらも、「多くの仕事を受けたが、全部未完成」である。他方で生業としている弔辞は、故人の人生を完成させる営為である。読み手は物語が完結していないと次のページをめくれないように、遺族も故人の人生が完結しないと次に進めない。弔辞をはじめ、火葬や葬儀といった一連の儀式は、徐々に大切な人の死を形象化し、これからも生きていかなければならないわたしたちを前に進めるためにある、人類が蓄積してきた叡智、あるいは切実な処世術である。
生活のためにだけにやっている弔辞執筆が、常に「テンションの低い」ウェンの完結できない創作に、とても静かに穏やかに反響していく様が、美しい映像で表現されている。内省的で、聡明で、温和なウェンをフー・ゴーが好演。この作品で唯一動的な登場人物であるシャオ・ジンスイ役のチー・シーがよかった。突然、立ち去り、いきなりアイスを買って戻ってくるシーンは素敵。経済発展を続ける中国に現在進行形で起きているであろう、仕事と人間性の狭間の葛藤や、要所に織り込まれるコロナのマスクなどの描写も良かった。あと猫も。エンドロールまでご覧ください。