劇場公開日 2025年11月21日

「お金を掛けて、ある程度真面目に作った某監督作品のよう」満江紅 マンジャンホン 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

2.5 お金を掛けて、ある程度真面目に作った某監督作品のよう

2025年12月8日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

単純

【イントロダクション】
約45億元(約900億円超)の興行収入を記録し、2023年中国興収第1位となった歴史サスペンス・コメディ。
南宋時代の伝説の武将・岳飛の遺詩を巡って繰り広げられる忠義と裏切りを描く。
出演は、アイドルグループ「TFBOYS」のメンバーであるイー・ヤンチェンシーと、コメディアン、俳優のシェン・トンによるW主演。
監督・脚本は、『HERO』(2002)、『グレート・ウォール』(2016)のチャン・イーモウ。その他脚本に、チェン・ユー。

【ストーリー】
12世紀の中国、南宋時代。南宋の伝説的武将・岳飛は、北方の強国・金との戦いに度々勝利し、英雄として讃えられていた。しかし、岳飛がこれ以上の勢力を持つ事を恐れた南宋の宰相・秦檜〈しんかい〉(レイ・ジャーイン)は、彼を反逆者に仕立て上げて謀殺した。

4年の月日が流れ、秦檜は金との和平交渉に臨む。しかし交渉前夜、金の使者が暗殺され、南宋の皇帝に渡されるはずだった密書も消えてしまう。事態の解決を図るべく、若き武将・孫均〈そんきん〉(イー・ヤンチェンシー)と下級兵士・張大〈ちょうだい〉(シェン・トン)は秦檜から「夜明けまでの2時間の内に犯人を見つけよ」と命じられる。

手掛かりを求めて宮廷内を探し回る孫均と張大。忠義と裏切りの渦巻く巨大迷路のような宮廷内で、次第に巨大な陰謀が明らかになっていく。

【感想】
「せっかくの“映画の日”なのに、何も観に行かないのは勿体ない」と、急遽本作の鑑賞に踏み切ったのだが、正直、個人的には合わなかった。
迷路のような巨大な宮廷内を、中国語のラップミュージックに合わせて孫均達が駆け回る姿、その様子を真上から捉えたショットはコミカルで面白くはあるのだが、流石に激しいアクションもなく誰が裏切るか、真相は何なのかについて会話劇を中心に二転三転するだけの内容で2時間半越えの長尺を鑑賞するのはキツかった。二転三転する内容も、地味な会話劇やベタなコメディ演出の流れで判明していくので次第に飽きが来て平坦に映り、後半は「もういいから、結局真相は何なのか早く明かして終わってくれ」と願いながら観ていた。
尺が2時間程で収まっていれば、もっと評価出来たであろうだけに、勿体なく感じた。

岳飛の詞については、日本でも古典の教科書にも載っている程の有名な詞(少なくとも、私が高校生時代には載っていた記憶がある)であり、その意味を改めて知るには良かった。

しかし、これは日本ならではの感覚であろうが、ベタなコメディ演出に加えて、孫均役のイー・ヤンチェンシーの髭を蓄えた姿は、俳優の松山ケンイチと永山瑛太を足して2で割ったような印象を受けるし、張大役のシェン・トンはムロツヨシ、何立役のチャン・イーは大泉洋に見えて仕方なかった。
そう、キャストやノリだけで言えば「お金を掛けて割と真面目に撮った福田雄一監督作品」に見えてしまうのだ。
私が福田雄一監督作品に対して快く思っていないのは、スコア表記を低い順に設定して確認していただければ明らかだろうが、早い話、私には本作がそのような作品に見えてしまったのだ。

とはいえ、流石に二転三転して裏切りが繰り返される脚本は、演出はともかくそれ自体は面白くはあった。
クライマックスで判明する秦檜の影武者の存在も、「これほどの立場の人物なら、影武者くらい居るだろう」という予想は当たったが、臆病者の秦檜の代わりとして重要な局面を経験し続けて来た影武者である彼(岳飛の詞すら、目にしていたのは影武者だった)が、最早真の秦檜と言っていい程秦檜として振る舞って生きており、所詮秦檜は岳飛を恐れた哀れな小物に過ぎないとする落とし所も良かった。

【岳飛 満江紅】
パンフレットに記載されている解説によると、「満江紅」とは作品名を指すのではなく、「詞(ツー)」という音楽の旋律に合わせて詠う長文の句のメロディの一つなのだという。岳飛がこれに自らの意思を当て嵌めて作った詞があまりにも有名となった為、満江紅といえばこの詞を指すようになったのだそう。
クライマックスで、自らを貶めた秦檜が声高らかにこの詞をそらんじる姿は、彼が影武者でしかなかったというオチ含めてなんとも皮肉であると同時に圧巻である。

〈原文〉
怒髮衝冠,
憑闌處、
瀟瀟雨歇。
抬望眼、
仰天長嘯,
壯懷激烈。
三十功名塵與土,
八千里路雲和月。
莫等閒、
白了少年頭,
空悲切。

靖康耻,
猶未雪。
臣子憾,
何時滅。
駕長車踏破,
賀蘭山缺。
壯志饑餐胡虜肉,
笑談渇飮匈奴血。
待從頭、
收拾舊山河,
朝天闕。

〈現代語訳〉
憤怒のために髪が逆立ち、冠を突き上げるほどだ。
欄干に身を寄せて、
激しい雨が止んだところに。
頭を上げて遠方を見わたす。
天を仰ぎ、声をあげて、心の奥底に溜まった鬱懐を出せば、雄々しく、激しい感情が込み上げてきた。
私が三十余歳(岳飛の当時の年齢)までに立てた功名と功績は、小さな取るに足らないものだ。
これまでの昼夜問わず、八千里の長征への激しい戦い。
急がなければ、この少年の頭はすぐに白くなってしまう。
空しく、悲しみが刃物のようにぴったりと肌に密着しているようだ。

「靖康の変」の恥辱は、まだ雪(そそ)がれていない。
臣下としての無念は、いつになったら晴らせるのか。
戦車を駆り、賀蘭山の難所を越えて敵地深く攻め入ろう。
この勇ましい志のために、飢えたら敵の肉を食べ、談笑して喉が渇いたら敵の血を飲んでやる覚悟だ。
全てをやり直して、かつての国土を回復し、朝廷に勝利の報告をしようではないか。

【総評】
岳飛の遺詩を元ネタに、宮廷内に渦巻く忠義と裏切りを描いた本作は、なるほど本国で絶大な支持を得て特大ヒットを記録したのも頷ける。しかし、私の肌には合わず、キャスト陣のビジュアルが日本の俳優に似て見える点含めて、某監督作品を鑑賞しているかのような感覚の域を出る事はなかった。

ある意味、怒髪が天を衝くのは、私の方である。

緋里阿 純
PR U-NEXTなら
映画チケットがいつでも1,500円!

詳細は遷移先をご確認ください。