「二転三転! ミステリー時代劇」満江紅 マンジャンホン バラージさんの映画レビュー(感想・評価)
二転三転! ミステリー時代劇
「満江紅」というのは岳飛が残したとされる詞とのことで、それが物語の重要な要素となっている。一応歴史を背景としてはいるが、映画のストーリー自体は全くのフィクションで、実在の人物も秦檜しか登場しない。また史実とは微妙に変えていて、実際には岳飛が処刑された年に金との和睦が成立しているし、近年の研究では異論も出ている秦檜や岳飛の人物像についてもあくまで中国人の抱く一般的イメージに沿った描写となっている(日本で言えば忠臣蔵みたいな感じだろうか?)。なお「満江紅」も現在では岳飛の作ではないという説もあるそうだ。
それはそれとして、映画はなかなか面白かった。とにかく2時間40分の長さを全く感じさせないのがすごい。多数の人物が登場する群像劇的なミステリーでコメディとシリアスがほどよくミックスされた映画になっているが、その数多くの登場人物たちの命がまるで虫けらのように次々とあっけなく殺されていくところに権力や封建社会の非情さと非人間性が表現されているように感じた。さらにそこにご都合主義や甘さは存在しないとでもいうかのごとく、まさかこの人は普通の展開なら死なないよね、というような人までもがあっさりと死んでしまう。安易なハッピーエンドは決して描かれない。それでいて最後までエンタメ要素やコミカル風味を失わずに、英雄賛美を謳いながらある種の救いのようなもので締めくくられている。中国ではチャン・イーモウ監督最大のヒット作となったそうだが、そのような忠臣蔵的わかりやすさにその要因の一端があったとの指摘もされているようだ。
トップクレジットの主演俳優シェン・トンはさすがの名演で、顔がムロツヨシそっくり。確か以前も中国映画の主演俳優にムロそっくりの人がいたなと思い出したが、そっちは『薬の神じゃない!』のシュー・ジェンという別の人でした。実は写真とかで素顔を見るとどっちもそんなにムロに似てないんだけどね。その他の俳優たちも全員が素晴らしい演技派ぶりだが、『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』『崖上のスパイ』で主演したチャン・イー以外はさすがに僕も知らなかった人が多い。芸達者な演技派俳優やコメディアンばかりを集結させたと思しきキャストは本国では人気俳優ばかりなんだろうが、日本人から見るとよく知らない地味な面子なので観客に対するアピールに欠けるのも確かで、それと2時間40分という長さとが上映館数の少なさに影響した可能性もある。主演の1人ながらあくまで2番手のイケメン俳優イー・ヤンチェンシーを押し出してるのもそのためだろう。
ただ、面白いことは面白かったんだが、このようなどんでん返しが何度も起きストーリーが二転三転するチャン・イーモウの映画はすでに『SHADOW 影武者』『崖上のスパイ』と近年に2作も観ていて、さすがに3度目ともなるとまたかよとも思わなくもない。また近年のチャン・イーモウ映画は、上記2作にしても『ワン・セカンド』にしても本作にしても全部男性が中心の物語になっていることに少々の物足りなさを感じる。チャン・イーモウといえばかつてはコン・リーやチャン・ツィイーやチョウ・ドンユイといった魅力的な新進女優たちを主演に据えた女性映画をもっぱらに撮ってきた人だけに、いかに映画の出来が良かろうとも女優が主軸の映画ではないことに一抹の淋しさを感じてしまうのだ。もちろん長年のキャリアの中でチャン・イーモウは絶えず作風を変化させてきた監督だということも承知してはいるが、それでもやはりなお。本作でも映画初出演という妓女役の新進女優ワン・ジアイーが出色の演技を見せていて、さすがは女優発掘王チャン・イーモウと思わせてくれるし、彼女の役どころにチャン・イーモウのロマンチシズムがよく表れてるとも言えるのだが、もともとこの映画が『紅夢』の続編を撮ろうとして2017年頃に山西省に撮影用の屋敷を建てたものの脚本がうまくできず、現地の行政から映画を作ることを催促されたために始まった企画と聞くと、やっぱり女優主軸の映画はもう難しいのかなとも思ってしまう。
