劇場公開日 2023年11月18日

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「認知戦に利用された女」リアリティ かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 認知戦に利用された女

2025年10月2日
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最近『アメリカン・イーグル』の広告モデルになって物議を醸したシドニー・スウィーニーちゃん。“良いjeans”という“良いgenes(遺伝子)”をかけたキャッチコピーが、白人優性思想につながるとしてリベラルから総攻撃を受けたのだ。そこに目ざとく飛びついたトランプが、“アメリカン・イーグルのジーンズが飛ぶように売れている。みんなでスウィーニーを応援しよう”とツイートしたもんだから、火に油を注ぐ大炎上騒ぎに発展してしまったのだ。

多分トランピアンでもなんでもないであろうスウィーニーちゃんが演じるは、ロシアゲート事件発覚の原因を作ったさる政府機関の派遣社員リアリティ。語学堪能で中東地域での正社員勤務が希望のリアリティだが、与えられた仕事は中東言語から英語への翻訳作業という地味ーな内容だ。勤務中偶然発見した“ロシアゲート”に関する報告書を印刷しどこぞの放送局に郵送する、という機密漏洩をやらかしてしまう。

映画は、リアリティの自宅で立ったまま行われたFBIによる任意取り調べの模様を、実際の録音テープから忠実に再現しているらしい。そんなテープがなぜ原作者兼監督の手に渡ったのか?事件そのものよりもその点にこそ興味がわくのだが、事件内容にふれる部分はなぜか意図的にオミットされていて、逆にそれが本作のいいアクセントにもなっている。

はたしてトランプはロシアとの共謀によって大統領選挙(2017)に勝つことができたのか。裁判では証拠不十分でトランプは無罪、ロシアゲートについての偽情報をヒラリー・クリントン陣営が2016年の選挙中に、意図的にメディアに流出させた事実も判明している。つまり、政争に利用されたスウィーニー同様、本作の主人公リアリティはその偽情報に踊らされたスケープゴートだったわけである。

劇中、『私はスノーデンじゃないわ』とリアリティがFBI捜査官に反論するシーンがあるのだが、ヒラリー・クリントンのPCからヤバいメールをロシア人ハッカーが盗み出したという事実はどうも本当のことらしい。ヒラリーが国務長官時代、私物のPCを使って各国にクリントン財団への寄付を呼び掛けたメールをハッキングし、ネット上にリークしたというではないか。

当然日本のメディアでは一切その報道が取り沙汰されることもなく、恒例のTV討論会においてトランプがその件を追及すると、窮地に立ったヒラリーが渋々認めるという前代未聞のシーンも見事にカットされていた。トランプの(FOXを除く)大手メディアに対する不信感が頂点に達した瞬間といっても良いだろう。

本作で描かれるロシアゲート前夜の漏洩事件も、結局中間選挙(2022)を見据えた民主党の報復行為だったわけだが、思うような効果を得られないまま空振りに終わったようだ。民主党にしてもトランプにしても、事実の真偽よりも選挙民がどのように思うのかという“認知戦”に終始しており、この点に関してはメディアなれしているトランプの方が一枚上手だったと言わざるを得ない。

リベラルにとっては思い出したくもない過去の恥部を扱った本作は、当然アメリカにおける劇場公開が見送られ、ネット配信のみの放映にとどまったのだとか。魔が差したとしか例えようのない無気力な派遣社員を、素っぴんノーメイクのスウィーニーちゃんが淡々と演じているこのセミ・ドキュメンタリーに、果たして政治的意図が隠されていたのかどうかも定かではない。

むしろ、いい歳こいたジジババたちの醜い足の引っ張り合いに嫌気がさしたノンポリ女子のささやかな反乱、という印象を受けたのである。能力があっても願い叶わず、まるで生殺しされているような現況の沼から抜け出したいと思いながらもままならない。檻に閉じ込めらた保護犬ボーダーコリーのように、その目はひたすらどんよりと曇って虚空を見つめていた。

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かなり悪いオヤジ