「映画のクオリティとして残念」トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代 たけさんの映画レビュー(感想・評価)
映画のクオリティとして残念
加藤和彦に関する様々なエピソードは非常に興味深い。そして特にサディスティックミカバンドの音楽の素晴らしさを改めて認識できた。とはいえ…
映画としての出来が残念である。
まず、複数のインタビューをひたすらつなげていく、こんな編集手法は事件系のドキュメンタリーでもなかなかお目にかかれない(同じくインタビュー中心の事件系映画である「正義の行方」を見てほしい)。ましてや音楽系の映画でお話ばっかり、というのはいかがなものか。しかも泉谷しげるや高中正義らのしゃべりが言葉の途中でブツっと切られたりする。何らかの演出意図があるのかもしれないが、全く効果的ではない。
何より不満なのは数々の音楽の使い方だ。
加藤の作品の紹介の仕方はワンパターン。まずジャケット画像とともに音楽が流れる。途中で関係者のインタビューに切り替わって、音楽はBGMとなりスッとフェードアウトする(このフェードアウトの仕方が、毎回あまりにもおざなり)。工夫も何もない。音楽はただインタビューのきっかけとしてのみ使われている。
例えばインタビューで「あの曲のパーカッションは…」などと解説が出てくると、その部分をきちんと聞いてみたくなるが、一度消えた曲が再び流れることはない。マニアックな音楽解析番組である「EIGHT-JAM(旧「関ジャム」)」であればきちんと「もう一度」と言って流してくれるはず。見ている人のそういう心理を学んでほしい。
映画のかなり最初のあたりから感じていたのは、以上のような編集、音楽の使い方の”雑さ”である。厳しい言い方をするとセンスが感じられない。
加藤和彦のようなセンスの塊、音楽だけでなくファッションや料理にまでセンスを発揮していた人物の評伝映画を作るのに、このセンスの無さは致命的だと思う。
加藤本人も、自身の映画化として残念に思っているのではないだろうか。