エクソシスト 信じる者のレビュー・感想・評価
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お父さんは怖いよ。
無印公開から50周年。企画ありき、のホラーはやっぱり見に行かなきゃ。懐かしところで、2006年6月6日の「オーメン」リメイクもお祭り企画だったので、あれも目くじら立てずに微笑ましく、というのはさすがに嘘だが、本作、意外と言っては失礼だが、面白かった。 「エクソシスト 信じる者」 ・ ・ ・ 無印の「新たな」続編、ということだが、これまでの続編がダメだったかというとそんなことは決してない。 謎だらけを映像と音楽と雰囲気とハッタリで押し通した「1」。善と悪の戦い、というのは割とはっきりしていて、ドキンちゃんは違うかもしれないが、少なくとも「善」=「キリスト教」の勝利、という図式は見て取れた。 その謎、「善」とは何か、なぜ、リーガンなのか、について、ムチムチのブレア嬢をアイドル化して、「選ばれしもの」と理由付けを行い、ブアマンの揺るがない土着嗜好のスタイルと、モリコーネの変態&ヘンチクリンなシンセの劇伴がB級感をなぜか漂わせ、これはこれで面白かった。大好きな続編。ただメリンとパズズの馴れ初めは要らないっちゃいらない謎とき。 「1」の「善」の勝利、「2」のその理由付けが、カチンときたのか、「3」は原作者ブラッディの変態な作家性がさく裂、当時のサイコサスペンス風の、ネタバレするのも申し訳ないが、神父はことごとく餌食となり、刑事は「悪」を認め、銃=暴力、で旧友の魂を開放するという、原作者のくせに「1」さえひっくり返す珍傑作。(まあ、「1」でもカラス神父がボクサーのくせに、リーガンボコって、自分に憑依、というトンデモ決着だったが) 「ビギニング」は今だと先に「ドミニオン」を見てたほうがより楽しめるが、「ドミニオン」をお蔵入りさせる、全編撮り直しの「反動のエンターテインメント」が潔い。この時は、レニー・ハーリン復活!と勝手に思った。そしてそれは思い違いだとすぐに気づいた。 「ドミニオン」は、ポール・シュレイダーファン以外はNG。 そして本作。 異人種の集まりで悪魔祓い、とあたかも「人類みな力を合わせて」みたいな、もうええやろ、と言いたくなるような人間側の設定だが、今回の特異点は、自身を信ずる(Believer)、無神論者が勝利するところだろう。もう一つの家族は信仰厚い家族だが、子供の命の選択の提案である「悪の言葉」を信じて裏目ってしまう。本作の憑りつかれた少女が2人なのは、そこが描きたかったのだろう。 さらに神父に至っては、自身を信じ、信仰を貫き通し、悩んで、思い返し、決心し、(自身を信じて)ここぞのタイミングで登場したのに、いわゆる「エクソシスト」の謎であった首回転の真実、種明かしの餌に使われてしまう。 その点は「3」に負けず劣らず、教会からのクレーム案件。 また、正当な続編の言い訳に使われているマクニールの登場だが、「1」を見る限りは、そんな人ではなかったでしょ?とは思うのだが、あ、これはテレビ版との関係もあるのか。ただし、ほとんど必要のない存在。 劇中、頻繁に画面の奥にドアや部屋があり、廊下、通路で登場人物の会話が多く、「向こう側」への意識を迫られるが、「1」や「3」(特に「3」)のような効果はあまりなかったか。 おっと、本作のいいところを忘れてた。オレは娘の父親なので、娘が女友達と森に行った、帰ってこなかった、靴が落ちていた、3日間見つからず、納屋で見つかった、処女膜検査をした、とか、全部恐ろしいのである。「1」でも言われていたように、これは思春期を迎えた女の子の親への反発、反抗をメタ的に描いたとも言え、むしろその点は「1」よりはっきりうかがい知れる。 今回の主人公の娘が発する言葉は実は悪魔が話す内容ではなく、娘自身の心の叫びでもあった。 まあ、娘の親ならでは、がこの映画の怖さではある。 追記1 しかし、このままだとどうしてこの2人が、という疑問がやっぱり残る。悪魔様が、これらのショボい家族の女の子に憑りつかなくて、ええとこのお子様を狙えよ、と。ダミアンの親はずいぶん用意周到だった。 3部作ということで、なんだが次はブアマンの「2」寄りになりそうか。それとも救われなかった家族側の視点になるのか。楽しみにしてもいいくらい、今作は楽しめた。(というか親として怖かった) 追記2 そうそう、ホラーの、女囚もののアイドルと化した、あの人。あっと驚く、というより少し笑ってしまった。 追記3 ということで、ランキング 「1」>「2」≧「3」>>「ビリ」>「ビギ」>>・・>>「ドミ」
マヤと亜弓、二人の紅天女――
ウィリアム・フリードキン氏の傑作であり、私も大好きな『エクソシスト』1973年製作の「正統続編」と聞けばいやおうなしに胸が躍る。しかも今回悪魔に憑かれる少女は二人! スケールも被害も大きくなってワッショイワッショイ! な本作。艶々した気持ちで再生したわけですが、 ……内容はともかく! なにが凄いって、両親の葛藤とか、エクソシストの信念などを超えて二人の少女の憑きっぷりがスゴイ。 そもそも初代作品の看板といえば同作でゴールデングローブ賞 助演女優賞を受賞したリーガンに扮する天才子役リンダ・ブレアちゃんの怪演が作品に特大の華を添えているのですが、やっぱり多感な少女時代ゆえの思い込みのパワーとでもいうのでしょうか。 「いる、この世に悪魔は、だって今、私に憑いてるんだもん」 と、正統続編の本作で演じる二人の少女たちの観る者を圧倒する歯茎剥き出し、白目剥き出しの憑きっぷり、乱れっぷり、澄ました顔は美少女なだけにその豹変のすさまじさだけでお釣りが来ます。これはもう、一種の悪魔信仰。見せてやるよ、本物を。という気概がすごい。 多分オーディションで悪魔憑きの演技中に火災警報を鳴らし、振り向かなかった二人を採用したんだなと勝手に想像しました。 印象に残った台詞は、 「私の友達に、神様に詳しい子がいるの、その子に聞こう!」 神様に詳しい友達なんて、確実にろくでもない。と、思って心配して観ていたら案の定ろくでもないことに巻き込まれていき……取り憑かれてしまうわけです。やはり、少女よ、友人は選びましょう。
なるほど🧐
前半チンタラしててキツいなあとか思ってたら 後半のカトリック教会に悪魔祓いをドタキャンされて ザコアベンジャーズで頑張る展開は案外面白かったし 〇〇が助太刀してからは激アツで🤩まあまあ面白いじゃねーかよ🤣ってなっちまっただ🥺〇〇の頭がグルンと〇〇しちまって草🌱 まあもう少し緊張感あってテンポ良ければ尚更良かったのにね🥺 結局自分が超個人的に悪魔祓いや祈祷師の儀式とか好き過ぎて祓うシーンで楽しい〜って❤️🔥なっちまったのが敗因です🙇 日本のノロやユタや傘被った坊さんとか韓国のムーダン💃🪘🙏も居れば良かったのにね🔮 前半の感じからするとまさか楽しいってなるとは思って無かったから得した🉐気分です🥳
神父よ…
73年のオリジナル版は"これを観ずしてオカルトを語るなかれ"な名作中の名作。今観るとVFXはしょぼいが冴える演出に唸らさせる事必至な作品である。そんな作品の正式な続編というアメリカがやりそうな設定の本作だが、ベタ中のベタなストーリーであり、まるでお手本の様な展開のため、それに関する驚きや感動は無い。この手の映画が乱発され過ぎたせいなのか、個人的にエクソシスト系は怖くないという気がしてならないのである。 だが本作は怖がらせる云々の前に、「信じる者」についてを描いているのがミソである。劇中で語られるのは、宗教派に関係なく、お互いを信じ合うという事だ。13年前に亡くした妻の事で宗教的な考えは捨ててしまった主人公も、これで一歩進んだように感じる。 全体的にドラマパートから悪魔祓いまでのまとまりが良く、それぞれの人物像もきちんと描き、自然な流れで観る事が出来た。急に驚かせるシーンはそれ程無く、過度なグロ演出も控えめでありながら主張する所はしっかり主張するあたりは中々レベルが高いと思う。 過去作と大幅に異なる点は、神父が端役という事だ。オリジナル版は神父のイメージが強く、少女リーガンを救う為に下した決断にグッとくるが、本作は神父の方には重きを置いておらず、日常を急に奪われた家族を描いている。まぁここらへんは敏腕ブラムハウス・プロダクションズの今後のフランチャイズ化をイメージした戦略なのかもしれない。
🌀エクソシストの定番音楽が最高に良かった‼️50年ぶりの続編❗️
エクソシスト 信じる者 🇭🇹ハイチ共和国 🇺🇸ジョージア州パーシー 🌀エクソシストの定番音楽が最高に良かった‼️50年ぶりの続編❗️ 🔵軽くあらすじ。 旅行中妊婦の妻を地震災害で瀕死!胎児と妻の命を選択させられる夫。 13年が経ち娘が友達と森へ行き、行方不明に! 無事戻ってきたが、娘や友達の行動や暴言、心霊現象で追い込まれていく父親達の成長ホラー。※1973年エクソシストの正統派続編! ◉65点。 ★彡なぜ今更悪魔払い映画なのか? 『死霊館シリーズ』で良いのにな?ってな気がしました。 🟢感想 1️⃣信じる?信じない?宗教的ホラー ★彡複数の宗教悪魔払いを組み合わせた現代ホラーでした。 2️⃣父親や大人達の成長劇にも感じた。 ★彡大人になっても後悔や失敗を持ちながら生きている。そこを悪魔がつけ込む感じ。 3️⃣🎶これぞエクソシスト!と思わせる定番音楽が最高でした。2Pはアップしました! 4️⃣あんまりスッキリしない結末に思えた。 ★彡んん?微妙なオチだな。
目新しさなしで、そういうことじゃない
話に新しい展開がない。恐怖表現も何かのホラーの焼き回し。 そもそも悪魔が念力で人を殺したらアカンだろ?その時点でこの映画の根本の否定になる。そんな能力あるんだったら、その場の全員殺せるし、そもそも大人しく拘束されてない。悪魔は殺人じゃなくて人間の堕落が目的。神の国の否定である。だから超常現象を引き起こせたとしても、人間への精神攻撃を行う。弱みにつけこみ、信仰心を捨てさせる。人が傷つき死ぬのは副産物だ。 悪魔との駆け引きが面白いのがこのシリーズの醍醐味だと思う。 変な儀式や超常現象をやればやるほど、胡散臭く、安っぽくなる。 エクソシズムってもっといろいろ切り口があると思うんだけどなぁ? 以前見たドキュメンタリーで、神父が携帯電話越しに悪魔払いやってた。コメディにする必要はないけど、現実はもっと面白い題材がありそうだが?
名作ホラーの正式続編なんだけど。。。
あの1973年の名作ホラー『エクソシスト』の正式な続編とのことで期待大での鑑賞。で、あららの肩透かし。ちなみに私の中では73年版は絶賛のホラー映画です。 そもそも、取り憑かれる少女が黒人、白人としている。悪魔祓いシーンでは色々な宗教混合で行う。うーむ、この時点で違和感。今のアメリカの時代の過剰な思考性がついにエクソシストまでにもか。。。と思わせた。 それでいて、メインと思われる神父が全然活躍せず。悪魔祓いシーンではなかなか登場しないし、来たと思ったらあっけなく死ぬ…。何しに来たんかと。これ1973年版のことを考えるとありえないよなと思う。なんたって神父の大いなる活躍あってこその映画だったはずなので。 しかも、悪魔も弱いじゃない。迫力も悪態具合もイマイチでした。全然怖さもないんだもん。 しまいにはですよ、生き残る少女を選ばせる(いかにも白人と黒人どちらかを選ぶ)ようなやり口にはがっかりで。案の定な結末でしたし。 まぁ良かった点で言えば、悪魔に取り憑かれた少女達の周りの苦悩を描きそれに立ち向かう姿を描いてるところ。(描き方は足らなすぎるけど)単に怖いだけの映画ではない人間ドラマもあるのよはちゃんと引き継がれていた。 あと、やっぱりあの印象に残る音楽は最高ですね。これ『ハロウィン』と並ぶくらい名作なホラー映画音楽と思う。 それと言っておきたいのが、クリス・マクニールとリーガンのくだりは必要だったかと疑問に思う。登場させることで、正式な続編にしただけではとも思ってしまう。 全体的は残念な仕上がりだったなぁと思う続編でした。
悪魔の勝利?
1973年制作エクソシストの続編との事。 主人公ビクターは12年前に災害で妻を亡くし娘アンジェラを育てている。 アンジェラは親友キャサリンと一緒に森に行き3日間行方不明になる。捜索し発見されるが 徐々に凶暴になる二人、治療するも効果なく悪魔に憑依されている為家族や周囲の人間が協力して悪魔祓いに挑むストーリー。 アンジェラとキャサリンの豹変ぶりはインパクト強かったですね。 しかし二人は森で何があったのか?二人で儀式紛いな事をしているが詳しく説明がなっかたのも 少しばかり物足りなかった。 しかし、悪魔祓いの儀式の中にブードゥー教?を用いて大丈夫かな?なんて。 正統派の神父も初めは反対されて渋々儀式に参加しないが、やっと参戦したと思ったら、 即捻じ曲げられて死亡、ショボすぎる。 無理ゲーの域だ。そして命の選択をさせられる。結局のところ悪魔に命を捧げないと悪魔は去ってくれないのかい!教会の無能さが良く伝わる(笑) 冒頭の所で、ハイチでビクターの妻はお祈りをされたと言っている。守る為か、呪われる為か?その時点で選ばれてしまった?なんて思ってしまう。 初代『エクソシスト』でのクリス・マクニールが登場する。今でも美しくちょい感動でした。しかし、娘のリーガンとは疎遠になっていると…一番の衝撃でした。 エクソシスト以上の作品は出てこないのか? やっぱり、犠牲者は必要なんですねー😩
もう一歩なのか、挑戦なのか?
サブタイトルに「信じる者」とあるように、何を信じていいかわからない現代人に向けられたメッセージが色濃く描写されている。 この作品は初代エクソシストの後継のようだ。 あれから50年 いくつも似た作品が登場したが、初代はその方向性を明確にしたかったようだ。 さて、 キーマンとなる看護師の女性 作品の最後に彼女が警察の取り調べで話したことがこの作品のテーマだ。 「悪ってなんだと思う?」 「人は幸せになりたいという願いとともに生まれ、悪魔はそれをあきらめさせる。でも私たちは出直すことができる。平安も、選び取るもの。そして前に進むこと」 この主張のためにエクソシストというモチーフを使った。 この作品の新しい点は、 司教たちが悪魔祓いなどせず、精神科に任せればいいという決定をした点だ。 これはそのまま現在のアメリカ社会を意味する。頼りになるべきものがならない、もう機能していない。 そして、異教徒を登場させる斬新さ。 民族療法という名でアフリカ系アメリカ人の昔からの悪魔祓い儀式を取り混ぜること。 これはキリスト教社会において大胆な試行だったに違いない。 しかしこのことは「何を信じるのか?」という人々の根源を示している。同時にそれでいいという許容さが感じられる アンジェラの父ビクターは、ハイチで起きた地震で妻と赤ちゃんどっちを優先するのかという選択をした。結果は赤ちゃんだけが助かった。このことでビクターは神を信じなくなった。このような人は大勢いるだろう。彼はその代表だ。彼が信じたものは神ではなく、妻と娘だけだ。 シスターになるはずだったキーマンの看護師も、キリスト教の定めによって断念した過去を持つが、彼女はキリスト教内部の組織ではなく、キリスト教のみを信じている。 神父は司祭たちの決定を看護士に伝えるが、それが正しいとは思えないことで悩んだ末、悪魔祓いに参加し命を落とす。 彼の信仰と行動は正しかったが、民族療法の魔法陣がベースになっていたため、絶対少女二人に触れてはいけないというのを守らなかったのが死の原因だろう。 アフリカ系アメリカ人のスピリチュアルマスターの女性の信じる神 妻と娘を信じるビクター キリストを信じる看護師 正しい選択をした神父 悪魔の存在をYouTubeで公表して本まで出版した女性 キャサリンの両親は敬虔な信者のふりをしている「その他大勢」の代表だろう。何かを信じるより「いまだけ 金だけ 自分だけ」の臭いがする。作品上重要な設定だ。 それぞれが明確に信じる者を持っていて、その力が悪魔を打ち負かしたのだろう。 悪魔そのものは「邪悪な何か」でしかなく、そういうものや「神なるもの」が「自分の外」にあるという概念はこの作品を以てしても相変わらずのままだったのだろうか? 悪魔は最後にどっちの娘を助けたいのか選択させる。それが悪魔の罠だということを今や大勢の人々が知っているのだろう。 しかし、キャサリンにとってそれは彼女自身が選択すべきことじゃないのかなと思った。 言いたいことはわかるが、悪魔の思想にブレがあるのだ。 エクソシストというモチーフを使って新しい試みがなされ、それはとても発展的内容だった。 一方、これが最新作であるなら、宗教世界に生きる人々が目覚めるのはかなり先な気がする。 どんな美辞麗句を並べても「信じる」対象が自分の外にある「第三者」的存在にある限り、悪魔の正体はおろか神が何なのかさえわからないだろう。 無論そこにメスを入れるのが、アメリカ社会のタブーだというのは承知している。 しかし、最後に看護師の言った言葉の中に答えが隠されているのではないかと思った。 なぜなら、その事について望むのも、あきらめるのもすべて「私自身」がしていることだから。 このことに気づいてほしいという作品側からの意図も感じ取ることができる。 この真実を語れない悔しさを感じ取ることができるのも、この作品が切り込んだ点だろう。 少し妄想してしまうが、そうであればこの作品が挑戦したことが光って見える。
オリジナルに匹敵する恐怖‼️
1975年のオリジナルは、神父が悪魔祓いに来るのに、 ミイラとりがミイラになって、 悪魔に乗り移られて窓から飛び降りて死んでしまう。 神父の首がぐんにゃりと折れ曲がる全くのバッド・エンディング‼️ 神への挑発との冒涜の恐ろしい作品でした。 それに比べれば、その後のリメイクや似たような映画に怖さは 感じないのですが、今作はかなり怖かったです。 それをIMAXやDolbycinemaで観たら、もっとビビったと思います。 ファーストシーン。 ハイチへ旅行中の新婚夫婦の妻は臨月です。 急に産気付き、医師は母体か?胎児のどちらか? しか助からないと告げます。 夫の回答はスルーして、 15年後になり、父親は娘のクリスチーヌと仲良く暮らしています。 でもクリスチーヌはどうしても母親と会話したくてたまりません。 そしてある日、友達のキャサリンとバスに乗り森の降霊術の所へ向かうと そのまま行方不明になり、2人が森で発見されたのはその3日後。 3日間、森をさすらっていた2人は別人になっていました。 可愛い2人の少女の悪魔が憑依するメイクは凄まじい。 髪は剥げ落ちアバタだらけの醜い姿。 その姿から吐き出す罵詈雑言の憎々しさ。 有志たちが悪魔祓いのチームを組んで、お祓いの呪文を唱えますが、 クリスチーヌの身体は宙に浮き口からは血が奔流のように噴き出します。 このラストの30分間の盛り上がりは、トラウマ級でしたね。 オリジナルに負けないCG&VFXの力も借りての演出は見事です。 神と悪魔の死闘。 少女の身体を乗っ取る悪霊に度肝をぬかれました。 怖かったです。
新しいアプローチもあるが
悪魔祓いの対象が黒人と白人の女子二人だったりキリスト教が参加せずに素人が行っだったり新しいアプローチはあるがバックボーンが薄い感じ。悪魔つきシーンもCGではなくアナログなポルダーガイストのほうが良いのではないか。期待した分今一感に。
「エクソシスト」シリーズとしての矜持を失った映画
とは書いたものの、実は映画館で観た時はマ王なりに満足してたのよ😅 説明が全体的に足りないみたいな話があったけど、この程度の話なら見えない部分は補完しながら観れると思うぞ🥸 マ王が気付いたのは1箇所だけ🌀 それもカットの都合上已む無しといった感じだった(撮り直しする程でもない) まぁその所為か「面白くない」とか「楽しみにしてたのに」という意見があるのを知ってるけど、マ王は別の角度で「エクソシスト 信じる者」の評価が下がった⤵️ 実は「エクソシスト」って海外ではドラマ化されてるのよね😐 で、マ王も「〜信じる者」観た後にドラマ版をアマプラで見たのよ😶 おおぃ💦生きてるじゃん!←ドラマ版を見た人は同じ感想だと確信してる おそらく「よくある別の物語だからね、アレとコレは」だと思うけど、マ王はショックでした(ドラマ版はそこそこ楽しめたけどシーズン2には食指が動かない) さて「エクソシスト」は今作も含めて1〜3「〜ビギニング」とそのリブートの「ドミニオン」の合わせて6作品😬 この中で「〜ビギニング」と「ドミニオン」のリブートは上手に(あまり矛盾の無いように)作ってたと思う(マ王的には「〜ビギニング」の方が救いが無くて好き❤️) このように前作へのオマージュ(愛情)があると面白く作ってくれるんだけど「ターミネーター」シリーズのように「アノ話は無かった事に」とか言うのなら「だったら金と時間を返せよ」って怒りが湧き上がるのはマ王だけ? ちゃんと物語に矛盾が無いようにするのも作り手の責任ではなかろうか🤔 最後に「エクソシスト 信じる者」のラストは良かったんじゃないかみたいな事を書いておきたい😁 観た人は判ると思うけどバッドエンドなのよコノ映画😫 各々が何かを失ってしまうんだけど映画のラストでは、その状態からの立ち直ろうとする人間が描かれている✨ 神を信じる者に対しての厳しい試練を乗り越えた先にある小さな幸福(の兆し)を映画では静かに見せてくれた😊 正直、ドラマを見る前だったから感動したんだけど残念だわコレ🥲 というワケで「エクソシスト」は3部作!とか言ってるブラムハウスさんは、大口叩くより先に初代の「エクソシスト」とウィリアム・フリードキン監督に土下座しなさい😤 映画館での鑑賞オススメ度★★★☆☆ 物語の矛盾度★★★★★ 次回作への期待度★★★★★(願いを込めて)
正統な続編…? 神の御前で悪魔的嘘言わないで下さい。ただの“エクソシスト映画”の劣化亜流!
“ハロウィン新三部作”を成功させた(のか…?)デヴィッド・ゴードン・グリーン監督とブラムハウス・プロダクションズが次に挑んだのは、あのホラー映画の金字塔。 こちらもオリジナル第1作の正統な続編、新三部作の第一章として。 新たな恐怖と悪魔祓いが幕を開ける…。 …筈だったが、 興行的には不振。批評もラジー賞ノミネートレベルの酷評。 悪魔の仕業か…? いや、見れば納得。言うなれば、これは製作側の仕業。 新婚旅行中にハイチ地震に遭った写真家のヴィクター。妻の命かお腹の子か選択迫られる。 13年後、ヴィクターは娘アンジェラと平穏に暮らしていた。 ある時アンジェラは親友のキャサリンと森へ。なかなか見つからずキャサリンの両親と心配する中、3日後に発見される。 しかしその後、周囲や少女二人に異変が…。 まず思ったのは、これ本当に『エクソシスト』の正統続編…? オリジナルから50年後を舞台にした新たな物語…って事もあるかもしれないが、にしては繋がりが薄過ぎる。 全く別の作品を見ているよう。2018年版『ハロウィン』のようにもっと色濃くして欲しかった。 全く繋がりナシという訳ではない。ヴィクターの大切な人を亡くした片親はオリジナル第1作のクリスとデミアンの設定を合わせたよう。協力者になる元修道女の看護士ポーラの設定も精神科医で牧師のデミアンのよう。 しかしそれらが全く意味を成してない。 ドラマの軸はヴィクターとアンジェラの親子。悪魔とは無縁の家族に突然襲い掛かるという展開も似ているが、このドラマ部分が非常に退屈。二組のドラマを交錯させ、静かながらも不穏と暗示で重層的だったオリジナルのドラマ展開には足元にも及ばない。 3日後に発見された二人だが、“3日”というのは聖書エピソードの引用らしいが、全くピンと来ず。 ヴィクターは助けを求め、かつて悪魔祓いを目撃し、関連本も出しているクリスに相談。やっとここでオリジナルキャストのエレン・バースティン登場になるが、絶対的な必要性が感じられず。しかも出番も僅かだし。2018年版『ハロウィン』のジェイミー・リー・カーティスのようにもっとがっつり絡んで欲しかった。 書籍を出した事で娘リーガンと疎遠に。この設定の先も予想付いてしまった。まあサプライズ出演の“再会”は感慨深いものあったが…。 何だか全体的にドラマ展開や演出がチープなのだ。 クライマックスの悪魔祓い。苦しむ娘にヴィクターが呼び掛ける。親子愛を訴えた感動シーンなのだが、何だか興醒め。あのオリジナルの神対悪魔の荘厳さは何処へ…? あんなお涙頂戴は『エクソシスト』に要らない。 ハッピーエンド的なのも何だかなぁ…。 デヴィッド・ゴードン・グリーンの演出もレスリー・オドムJr.らキャスト陣も揃いも揃って光るものナシ。 少女の悪魔憑依演技、おぞましい特殊メイクやドスの効いた声なども全くインパクトに欠ける。 って言うか今回悪魔祓いに挑むのは、ポーラや別派牧師やブードゥー教祈祷師ら異色の編成。おそらくここにも(キャストにも)昨今の多様性を反映させたのだろうが、いやいや、何か違くね…? 全く別の作品と先述したが、それならまだいい。 氾濫するB級エクソシスト映画の劣化亜流。 こんなんで“エクソシスト”を冠するなんて、悪魔に憑かれろ! 昨今の名作ホラーの新シリーズやブラムハウス・ホラーはなかなか面白いもの多い。が、これは… 大外れ。 興行・批評の失敗を受け、デヴィッド・ゴードン・グリーンは降板。軌道修正するらしいが、本当にこんなんで新章シリーズやるの…? 悪魔に取り憑かれるよりゾッとする…。 『エクソシスト』を堕落させなければいいが…。 強いて言うならば、オリジナル第1作を久々に再見して、その偉大さを再確認出来た事が唯一の救い。
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