コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第55回

2023年7月12日更新

どうなってるの?中国映画市場

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!


ラム・サム監督&アンジェラ・ユン、コロナ禍が背景となった“香港ローカル映画”に込めた思い

ラム・サム監督(左)、アンジェラ・ユン(右)
ラム・サム監督(左)、アンジェラ・ユン(右)

今の香港映画は、とても“熱い”んです!

本コラムの第53回でも「香港映画&香港映画界の現状」について紹介しました。私が運営に関わっている「活弁シネマ倶楽部」は、5月19日から「新世代香港映画特集2023」と題し、「縁路はるばる」「私のプリンス・エドワード」を配給。映画ファンの間で、大きな話題となっています。

そして、7月14日から「星くずの片隅で」が公開されます。同作は、昨年の台湾金馬奨で主演男優賞、主演女優賞など3部門にノミネート。香港アカデミー賞とも呼ばれる香港電影金像奬では10部門にノミネートし、音楽賞を受賞しています。昨年香港で上映され、アジア各国の映画祭でも絶賛されていました。

今回は、ラム・サム監督、ヒロインのキャンディを演じたアンジェラ・ユンのインタビューをお届けします。


【「星くずの片隅で」あらすじ】

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コロナ禍で静まり返った2020年の香港。「ピーターパンクリーニング」を経営する中年男性ザク(ルイス・チョン)は、車の修理代や洗剤の品薄に頭を悩ませながら、消毒作業に追われる日々を過ごしていた。そんな彼のもとに、職を求める若いシングルマザーのキャンディが現れる。幼い娘ジューのため慣れない清掃の仕事を頑張るキャンディだったが、彼女が客の家から子ども用マスクを盗んだために、ザクは大事な顧客を失ってしまう。


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――本作の企画経緯について、お教えてください。

ラム監督:物語を構想し始めたのは、おそらく2018年ごろでした。脚本家のフィアン・チョンと同じ“清掃員”という職業にとても興味を持っていました。仕事の場所が固定ではないので、彼らはさまざまな場所に行くことができます。異なる街や環境に赴くことによって、貧しい人々や裕福な人々など、いろんな人と出会うことになります。清掃員のキャラクターは、映画的要素として色々展開できると考え、物語を書き始めました。ところが、2020年に入ると、コロナが全世界に蔓延。私たちの考え方も少しずつ変わりました。このパンデミックに生きる人々の話にしなければならないと思ったのです。そこで、脚本に“若いお母さん(=キャンディ)”を追加しました。

――アンジェラ・ユンさんが演じるキャンディは、本作において非常に重要なキャラクターですね。このキャラクターに関する物語は、実際に出会った人々からインスピレーションを受けて書いたのでしょうか?

ラム監督:このキャラクターを追加した理由として、私が一時期中学校で映画を教えていた時の出来事が関係しています。当時、非常に若い生徒が何人もいました。そして、彼女たちのことを、私はよく理解できなかったのです。彼女たちは毎日お洒落な服を着ていて、金持ちのように見えますが、昼食を食べていないことに気づきました。そのことを聞いてみると「お金がない」と言われたんです。そこで、彼女たちの生活スタイル、考え方に非常に興味を持ち始めました。まだ大人になっていない“若いお母さん”を登場させたら面白いじゃないかと思いました。さらに、コロナという背景を加えて「彼女たちがどのように生きていくのか」ということを、私自身も知りたかったんです。

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――先ほど監督が新型コロナウイルスは、この作品に大きな変化を与えたとおっしゃいました。確かに“清掃員”は、コロナの登場によって、“ただの清掃員”ではなくなったように思えます。“清掃”という言葉が、さらに複雑になった。改めて“清掃員”というキャラクターに関して、どう考えていましたか?

ラム監督:そうですね。コロナの影響で、町全体が止まった時は、正直驚きました。清掃員たちは、本当に素晴らしい存在です。初期から最前線で清掃だけでなく、消毒の仕事を続けています。そして、本当に色々な場所を回っています。一方、清掃員たちの生活がどのようなものなのか、これはあまり知られていないんです。特に報酬などに関して。非常に不平等だと知った時、彼らのことをもっと多くの人々に知ってほしいと思いました。

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――では、アンジェラ・ユンさんに質問です。最初に脚本を読んだのはいつ頃でしたか?

アンジェラ:おそらく2021年の1月ごろです。

――脚本を読んだうえで、キャンディについてどう思われましたか?

アンジェラ:キャンディというキャラクターは、ある意味変わっている人というか、個性的な感じですね。かつての“MK”(香港ファッションの最先端を走る街・旺角にいる若者の総称)と呼ばれる存在だと感じています。しかし、いまはもうMK文化が弱くなり、どちらかといえば“Y2K”(「2000年」あるいは「2000年頃」のことを意味するが、今では2000年頃に流行したファッションの総称として使われている)に近いイメージですね。とてもわがままで、学校もちゃんと通わない人も多かったので、エリートが少ない。脚本を読み終えて、初めて衣装合わせを行うとなった時、私は無理矢理カラフルで、非常に奇妙な服装で行きました。

――監督は、このキャラクターに関して、どのようなイメージを持っていますか?

ラム監督:初期の段階で、私たちはネットで色々調べました。最新のトレンドや服のスタイルなど、とにかくいっぱい探したんです。ただ、あまりにもファッションすぎるのも違う気がしていて、最終的には旺角(モンコック)にある市場で、東南アジア産の面白い服をたくさん買いました。あの辺の服は「誰が買うんだろう?」とずっと思ってたんです(笑)。非常に安くて、確か1ドル程度です。

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――アンジェラ・ユンさんにとっては、初めて母親の役。これは挑戦ですね。

アンジェラ:最初はとても不安でした。私自身、子どもと接するのがあまり得意な方ではないですし、一緒に遊ぶいとこもいない。 本当に子どもと接することが少ないのですが、今回トン・オンナーちゃんと一緒にいた時、自分は意外と子どもと相性が良いことに気付きました。初めて一緒に遊んだのは、彼女が私をアドベンチャーパークに連れて行ってくれた時でした。そこにはたくさんのボールが入ったオーシャンボールプールがあって、私たちは夢中になるまで遊び、その後、子どもたちが私にボールをキャッチするように頼んできて、かくれんぼをしました。 子どもの面倒を見ることがどういうことなのかが体験できました。ある意味とても楽しかったです。

撮影前に何度か二人で買い物に行ったり、おもちゃを買ったりして、今まで経験したことのない細かいことがたくさんありました。例えば、子どもの食べ物アレルギーの問題。私は最初全然考えもせず、彼女を連れて食事をした時、名物の肉骨茶を注文したんです。問題ないと思っていたんですが、念のため、彼女のお母さんに連絡したら、大変なこと(=アレルギーがあった)に気づきました。子育ては常に細かく注意しなければならないこと、そして、親として子どもに対する、ある意味異常な愛情を感じました。実際、コロナの時も、親たちは自分がかかったことより、子どもがかかった時の方がずっと心配していました。親はどんな感情を持っているか……トン・オンナーちゃんと一緒に過ごすことで、本当にたくさんのことを学びましたし、役作りにも非常に役に立ちました。

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――子どもとの撮影に関しては、多くの監督が「非常に難しい」と言っていますよね。今回の撮影はいかがでしたか?

ラム監督:正直に言えば、悪夢でした(笑)。ただ、今回の子役はとても賢くて、礼儀正しかったです。コミュニケーションをとるのは、思ったよりうまくいきました。特に役に対する姿勢は、素晴らしかったです。

アンジェラ:子役は演技というより、常に“本当のこと”だと思っています。非常に集中して、作品の世界に入っていますね。

ラム監督:私自身にも子どもが2人いるので、ある程度は理解しているのですが、まだコントロールできない部分も多かった。子どもは時々動物のように予想外のことをしますね(笑)。

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――ルイス・チョンさんとの共演はいかがでしたか?余談ですが、この映画を見て、彼はますます木村拓哉さんに似ているなあと思いました。

ラム監督&アンジェラ:(笑)。

ラム監督:彼がこのことを聞いたらとても喜ぶに違いありません。

アンジェラ:非常に幸せな共演でした。今回「星くずの片隅で」に参加出来たのは、ルイスの紹介でした。彼はつい最近、私たちの“ルイス・クーの大家族”(=ルイス・クーが設立した「One Cool Group」のこと)に加入しました。私たちは本当に大家族なんです。2020年にパンデミックが始まったとき、誰もが恐怖を感じました。多くの俳優の仕事がなくなり、将来のことを心配し始めました。その時、ルイス(・チョン)は演技のワークショップをやってほしいと提案し、週に1回でもいいから暇な人が来ればいいということになりました。 それから1年間、断続的にやっていて、ルイス(・チョン)は毎回自分の経験を皆に共有したり、即興演技の重要性を解説したりしていました。

そして、現場に入ってから、私たちは常にキャラクターについて話し合っていました。「私たちがどのように生きているのか」「私たちがどれだけお互いに近い存在なのか」ということを、細かくディスカッションしました。彼は私の先生であり、親友であり、兄弟であり、すべてでした。 とても感謝しています。

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――この作品は、先ほど言ったように、何か特別な感情を描いているわけではなく、香港の状態、人々の状態を描いていると感じています。これはなかなか難しいことだと思います。特に印象に残ったのは、ある登場人物の死についての描き方。決して過剰に演出せず、今の時代において、常にこんなことが起きているという感じです。改めて、今回のコロナはさまざまなことを変えました。本来は大きな出来事のはずですが……大きな出来事が毎日起きすぎて、人々、あるいは社会が麻痺しているような感じです。監督は、この辺どう思いますか?

ラム監督:そうですね。今回の物語、私自身の経験も織り交ぜています。 というのも、私の父はパンデミックの期間中に亡くなりました。父を病院に連れて行ったとき、私は救急車の中にいました。映画の中のセリフは、私自身の体験によるものでした。病院に着いたとき、父はすでに亡くなっていました。その時は深夜で、次の日はまた仕事に行かなければなりませんでした。人生の意味はどこにあるのでしょうか? あなた自身が最も愛する人を失っても、明日は仕事をしなければなりません。その複雑な気持ちを込めるわけですね。 人生とはそういうものなんです。

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――近年、香港映画は庶民や社会を焦点にした作品が増えています。例えば、昨年「白日青春」や「流水落花」など話題作がたくさんありましたね。しかも、昨年、香港のローカル映画は、香港での興行成績が非常に良かった。この現象について、2人はどのように理解していますか?

ラム監督:これはやはりコロナの影響があると思います。どこにも行けない状況で、家に閉じ込められているだけです。周りの環境や自分の親しい友人についても理解することができません。なので、パンデミックが終わったとき、人々は自分たちの生活環境を再び見たくなると思っています。香港の観客は、今の香港に何か新しいものがあるかを知りたい。“香港”に対して、今まで以上に強い気持ちを持っています。以前よく見かけた商業大作ではなく、自分たちの生活と関わる作品を見たいと思っているはずです。

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――しかも、この辺の香港ローカル映画を作ったのは、みんな若い監督です。

アンジェラ:私自身は、アート映画や社会を描く映画が、昔からずっと好きです。だから、ここ数年、こうした映画が増えるのは、非常に嬉しいんです。恐らく香港にとって、いまはとても困難な時期です。だから、皆そのことについて、たくさんの物語を作っています。これからもまだしばらく続くと思います。

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――これから日本で公開されます。日本の方々へメッセージをいただけますか?

ラム監督:新型コロナウイルスの影響で、私は3年間日本に行けませんでした。私は日本の文化、映画、そして食べ物が大好きです。今回日本で上映されて、とても嬉しいです。香港を描くローカルな作品ですが、日本の観客の感想を聞くのをとても楽しみにしています。

アンジェラ:この映画は昨年の台湾金馬奨と今年のアジア・フィルム・アワードに参加しました。そこで、是枝裕和監督と会いました! 金馬奨の時は緊張しすぎて、ただの一ファンとして、挨拶だけしました。アジア・フィルム・アワードの時は、勇気を出して、是枝監督に「星くずの片隅で」が上映されることを伝えました。是枝監督が鑑賞するかどうかはわかりませんが、その可能性が0.001%もあれば、とても幸運なことだと感じています。

筆者紹介

徐昊辰のコラム

徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。

Twitter:@xxhhcc

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