コラム:下から目線のハリウッド - 第33回
2022年6月10日更新
「トップガン マーヴェリック」を最大限楽しめる“おすすめIMAXシアター”はどこ? 意外に知らない「IMAX」を解説!
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回のテーマは、「トップガン マーヴェリック」で話題にもなっている「IMAX」について語ります!
三谷:ついに「トップガン マーヴェリック」が公開になりまして。公開直後からすごい人気なわけなんですが、どういうフォーマットで観るかというのも、ひとつのポイントだと思うんですね。というわけで、今回は「IMAX」についていろいろとお話をしていきたいかなと思っています。
久保田:「IMAX」は僕も観たことがあります。「TENET テネット」のときに。
三谷:そうでしたね。じゃあ、そんなIMAX経験者の久保田さん。「IMAX」ってなんですか?
久保田:わかりません(笑)。
三谷:じゃあ、映像は大きいですか?小さいですか?
久保田:大きい。
三谷:画質とか音声の質は高いですか?低いですか?
久保田:高い。
三谷:もはや誘導尋問でしかないですね(笑)。
久保田:そうだね(笑)。
三谷:というわけで、まずは「IMAXってなに?」というのをものすごく噛み砕いて言うと、「めっちゃ大きい画面で、非常に高解像度の映像を、すごい迫力の音響で味わえる映画体験」ということになります。
久保田:これはわかりやすい(笑)。
三谷:で、もうちょっと具体的な話をしていきますけれど、「IMAX」には、「ガチIMAX」と、一部の人から「ニセIMAX」と呼ばれているものがありまして。
久保田:なんですか、その「ガチ」と「ニセ」って。
三谷:じつはIMAXの規格には、「デジタルのIMAX」と「フィルムのIMAX」という2種類があるんです。
久保田:へぇ~。
三谷:「デジタルのIMAX」は、普通の映画よりも画面は大きいんですけれど、IMAXの実力の最大限ではないんですね。
久保田:そうなんだ。
三谷:通常の映画は、画面の縦横比――これを「アスペクト比」と呼ぶんですが――それが、縦の長さ「1」に対して、横の長さが「2.39」になるんです。
久保田:横のほうにだいぶ長いわけだ。
三谷:そうです。で、デジタルのIMAXだとその比率が「1.9:1」になります。
久保田:通常の映画が、横と縦で「2.39:1」だから……。
三谷:縦に長くなっていて、その分だけ縦の画角が広く収められている、ということです。
久保田:通常の映画よりも縦の視野が広いわけだ。たとえば、普通に撮影したら東京タワーのてっぺんは切れちゃってても、IMAXだと全部収まってるみたいな。
三谷:そういう感じです。ときどき、IMAXについての説明で「およそ26%大きな映像」と言われるのは、その部分を指しているわけです。
久保田:なるほどね。
三谷:その「1.9:1」のデジタルIMAXが「ニセIMAX」と呼ばれてしまうことがあるんです。
久保田:じゃあ、「ガチIMAX」ってなんなの?
三谷:それが「フィルムのIMAX」になるんですが、こちらはアスペクト比が「1.43:1」なんです。
久保田:ってことは……もっと縦に長いってこと?
三谷:そうです。だから、縦の分の映像をより多く画面に映し出せる「フィルムのIMAX」が「ガチIMAX」と呼ばれて、それに比べて若干縦の映像が削れてしまっている「デジタルのIMAX」が「ニセIMAX」と呼ばれてしまっているんですね。
久保田:あー、なるほどねー。
三谷:じゃあ、「ガチIMAX」はどこで観られるのかというと、日本国内だと東京・池袋にある「グランドシネマサンシャイン」と、大阪・吹田市の「109シネマズ大阪エキスポシティ」の2カ所だけになります。
久保田:2カ所だけなんだ!?
三谷:はい。「ガチIMAX」に限ると、ですが。ちなみに「グランドシネマサンシャイン」は、横幅が25.8メートル、高さが18.9メートル。「109シネマズ大阪エキスポシティ」は、およそ、横26メートル、縦18メートルとされています。どちらも「6階建ての建物と同じサイズ」と表現されたりしますね。
久保田:むちゃくちゃデカイとしか言いようがないね。
三谷:そうなんです。あと、「ニセ」と揶揄されるのにはもうひとつ理由もあって、どちらも観るときの料金が同じだから、というのもあるんです。
久保田:デジタルのIMAXも払うお金は一緒なんだ。
三谷:そうなんです。だから「これは違う!ニセモノだ」って言う人もいるわけです。
久保田:でもそれは、劇場側もフェイクをしたいわけじゃなくて、スペースの問題とかもあるんでしょうね。それだけ大きいスクリーンを置ける劇場もそうそうないだろうし。
三谷:そうですね。どちらも「IMAX」と端的に言われるので誤解を生んでいるんだと思います。ちなみに、「ガチIMAX」と呼ばれているのは、正式には「IMAXレーザー/GTテクノロジー」 というものになります。(註:「ガチIMAX」には2種類の上映方式があり、デジタルでの上映は「IMAXレーザー/GTテクノロジー」、フィルムでの上映は「IMAX 1570」と呼ばれる。詳細は後述)
久保田:なるほどね。でも、そこまで説明してもらわないと、たしかに誤解は生まれそうだね。
三谷:そういう違いはありながらも、「じゃあ、なんでもIMAXで観たらいいのか」というとそういうわけじゃなくて、やっぱり「IMAXカメラ」で撮影された映像を「IMAXシアター」で観るのがベストなのかなと。
久保田:IMAXカメラっていうのがあるんですか?
三谷:はい。IMAXの劇場で上映するためのフィルムカメラですね。
久保田:じゃあ、そのカメラで撮影されたものは、最初から「IMAXで観てね」ってことだ。
三谷:そうです。「IMAXカメラ」についてもちょっと触れておきたいんですが、最近ではデジタルシネマカメラで撮影することが業界でも普及してはいるものの、フィルムで撮影する文化はもちろんあって、その撮影で使うカメラのフィルムは35ミリになります。
久保田:はいはい。
三谷:一方、IMAXカメラの場合は70ミリのフィルムを使います。そして、フィルムって両端に穴が開いてますよね?
久保田:そうね。なんか見たことある。
三谷:あれは「パーフォレーション」、略して「パーフ」と呼ばれるもので、フィルムを送るための穴なんですね。
久保田:そういう名前なんだ。
三谷:で、普通の35ミリフィルムの場合、4パーフ分で1フレーム。あと、IMAXではない70ミリフィルムというのもあって、その場合でも、5パーフ分で1フレームになっています。つまり、4つか5つの穴の分のコマを秒速24コマで映していく仕組みになっています。
久保田:IMAXはそうじゃないんだ。
三谷:IMAXカメラの場合は、15パーフ分を使っていきます。
久保田:それは、ものすごく綺麗な映像になるってこと?
三谷:そういうことです。IMAXのフィルムの解像度をデジタルに置き換えると18Kくらいになると言われることもあります。
久保田: 4Kとか軽く超えてきちゃうんだ。じゃあ、「ガチIMAXカメラ」で撮った映画を、「ガチIMAXシアター」で観るのが最高なんだ。
三谷:本当は、それが最高です。
久保田:ん?「本当は」ってなに?
三谷:その「ガチIMAXカメラ」で撮った映像を、「ガチのフィルムで上映できる映画館」というのは、世界に100館もないくらいなんです。
久保田:でも、日本にも池袋と大阪にあるんじゃないの?
三谷:日本では、IMAXのサイズのスクリーンで観ることはできるのですが、「ガチのフィルムで上映」することができないんです。つまり、フィルムの映写機がないんです。
久保田:えー、日本にはないんだ!?
三谷:はい。なぜかというと、扱いが大変すぎるというのが大きな理由です。まず、フィルムを運ぶのも大変ですし、映写するためのコストや機械の維持費にもそれ相応のお金がかかってくるんですよ。
久保田:そうなると、劇場としても経済的に見合わないってなるのか。
三谷:なので、日本で観ることのできるベストは、「ガチIMAXのスクリーンではありつつ、デジタルで上映しているもの」ということになります。
久保田:それが、池袋と大阪の2つの劇場だと。
三谷:ですね。ちなみに、「ガチIMAXのスクリーンでデジタル」だと4Kくらいの解像度だと言われています。
久保田:前に池袋のIMAXで映画観たことあるけど、それでもすごいキレイって思ったけどなぁ。
三谷:いや、実際それはすごいんですよ。通常の映画館で観る映像が2Kくらいだって言われてますから。
久保田:もう何がなんだかわからなくなるけど、とにかくすごいんだ(笑)。
三谷:はい、すごいんです(笑)。いろいろ話しましたけれど、IMAX向けにつくられた映画は、ぜひIMAXの劇場で観てほしいわけなんですが、じゃあ、今回の「トップガン マーヴェリック」はどうなのかという話で。
久保田:いや、これはもうIMAXで観なきゃでしょ。
三谷:もちろんそうです。そうなんですが、ちょっとだけ細かい話をすると、「トップガン マーヴェリック」は、マーケティングで「FILMED FOR IMAX」と書かれているんです。
久保田:「IMAXのために撮影しましたよ」ってことだよね?
三谷:そうです。ただ、たとえば「TENET テネット」とかは、「FILMD IN IMAX」なんですね。つまり、「IMAX用のカメラで撮影した作品ですよ」という意味ですね。
久保田:あーなるほど。前者は「IMAXで観てほしい」で、後者は「IMAXで撮りました」っていう違いがあるのか。ってことは、「トップガン マーヴェリック」はデジタルで撮影してるってこと?
三谷:そういうことです。なのですっごく厳密に言っちゃうとガチIMAXによる撮影ではないということなんですが――。
久保田:でもいいじゃん。そこまでガチかどうかなんて(笑)。
三谷:まぁね(笑)。と言いながら、もうひとつ細かい話があるんですが、「トップガン マーヴェリック」の公開時に、「IMAXカメラ6台を戦闘機に入れた」というニュアンスで受け取れる書き方がされている記事を見かけたんですね。
久保田:え? 戦闘機のコックピットってめちゃくちゃ狭いよね。IMAXカメラって、そんなにコンパクトなの?
三谷:これ、じつは撮影に使われたのは、6Kくらいの解像度があるSONYの高画質デジタルシネマカメラなんですが、それを6台組み合わせることで、デジタルのIMAXのアスペクト比である「1.9:1」の映像をつくり上げているんです。なので、「IMAXカメラで撮影した」というわけではないんですね。
久保田:そこは技術の妙なんだ。でも、それができるってのもスゴイ話だけど。
三谷:そうですね。ものすごく苦労したんだろうなと思います。
久保田:実際、IMAXカメラってどのくらい大きいの?
三谷:普通のカメラの2~3台分くらいの大きさになるんじゃないですかね。イメージとしては米俵を担いでいるみたいな感じになります。
久保田:そんなデカイんだ。
三谷:さっき、IMAXカメラのフィルムは15パーフあるって話をしましたけど、そうなると普通のカメラみたいに縦向きにフィルムを流すことができないんですね。縦で15パーフになると縦長の映像になってしまうので。
久保田:じゃあ、横向きにフィルムが流れてるんだ。
三谷:そうです。だからカメラ本体も横幅が広くなって大きくなるんです。で、そんなカメラを使って、15パーフで70ミリのフィルムで撮影するってなるので、めちゃくちゃお金がかかります。これは聞いた話ですけれど、IMAXフィルムで撮影された「TENET テネット」は、人件費とか含めず、フィルム代だけで数億円かかったと言われています。
久保田:日本の映画じゃなかなかできないでしょうね。
三谷:そうですねぇ。なので、全編IMAXで撮影した映画というのはまだないらしいです。
久保田:それは予算的にってこと?
三谷:そうですね。それに、たとえば会議室で二人だけが会話しているシーンがあったとして、それをIMAXで撮影する意味ってあまりないと思うんですね。
久保田:たしかに。でも、すごい迫力のあるシーンをIMAXカメラで撮影して、次のシーンがその会議室みたいなシーンだった場合、映像のつながりって大丈夫なんですか?
三谷:そこは気付く人もいるかもしれないんですが、縦横比が変わっていたりします。でも、音が繋がっていたりするのもあってあまり気付かれないんじゃないですかね。
久保田:そうなんだ。まぁ、ニセと呼ばれるIMAXもあるって話でしたけれど、結論としては「トップガン マーヴェリック」は、IMAXで観るのがオススメってことでいいですか?
三谷:いろいろ話しましたけど、それは間違いないと思います(笑)。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#101 「トップガン マーヴェリック」を大迫力で!IMAXの魅力とヒミツ)でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari