コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第40回

2012年8月28日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「ミルドレッド・ピアース 深夜の銃声」

主演のジョーン・クロフォード(右)は 第18回アカデミー賞で主演女優賞を受賞
主演のジョーン・クロフォード(右)は 第18回アカデミー賞で主演女優賞を受賞

画調はフィルム・ノワールだが、サスペンスを主眼に構築された犯罪映画ではない。

話はソープ・オペラだが、影を生かしたハイコントラストの映像は表現主義を思わせる。

「ミルドレッド・ピアース」は奇妙な映画だ。フィルム・ノワールとソープ・オペラが、なんとも不思議なバランスで混じり合っている。この映画はさまざまな面で風変わりだ。

語りのペース、登場人物の性格設定、機関銃のような早口の台詞、さらには映像のタッチ。どこをとっても奇異な感じがする。なにかが行きすぎで、どこかがいびつで、俳優もキャメラマンも監督も、なぜか全員が、力を合わせて映画を発狂させようとしている。

主人公のミルドレッド(ジョーン・クロフォード)は、ふたりの娘を持つ平凡な中年の主婦だった。その人生が、夫の家出によって変わる。彼女は懸命に働く。娘を溺愛し、男たちに出会い、仕事も成功する。が、先ほども述べたとおり、彼女の人生はまともに機能しない。最大の原因は、すべてを破壊するわがままな長女ビーダの存在だ。

いや、ビーダだけではない。個々の紹介は省くが、この映画の登場人物は、大半が常識とユーモア感覚を持ち合わせない人格劣等な馬鹿者である。そもそも主人公ミルドレッドにしてからが、勤勉という美点こそあれ、母親に必要な資質が完全に欠けている。

そんな人々が、肥大したエゴを隠そうともせずにぶつかり合ったらどうなるか。冒頭の殺人事件が過去の回想によって解明されていく手法はありきたりだが、その背後には、物質万能主義やフェミニズムがやみくもに台頭していった1940年代アメリカの黒い影が広がる。中年を迎えたジョーン・クロフォードは、そんな影をドレスのように着こなす。この映画を面白く発狂させた原動力は、やはり彼女以外に考えられない。
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「ミルドレッド・ピアース 深夜の銃声」

WOWOWシネマ 9月20日(木) 09:00~11:00

原題:Mildred Pierce
監督:マイケル・カーティス
脚本:ラナルド・マクドゥーガル
原作:ジェームズ・M・ケイン
出演:ジョーン・クロフォードジャック・カーソンザカリー・スコットアン・ブライス
1945年アメリカ映画/1時間51分

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「煙突の見える場所」

千住のお化け煙突は、しょっちゅう映画に出てくる。「東京物語」、「女が階段を上る時」、「左ききの狙撃者 東京湾」……めぼしいところだけでも錚々たる顔ぶれだが、代表作といえば、やはり「煙突の見える場所」だろうか。

題名の示すとおり、大半の話は煙突の見える場所で起こる。昭和20年代、荒川の土手際。主な登場人物は、家賃3000円の借家に暮らす夫婦(上原謙田中絹代)と、その家の2階に別々の部屋を間借りしているふたりの若者(芥川比呂志高峰秀子)。話をまわすのはこの4人だが、感心させられるのは、巧みな間合と仕掛けどころの気合で練り上げられた小国英雄の脚本だ。

そもそも、出だしが隅に置けない。三好栄子中村是好浦辺粂子といった脇役を手早く出し入れして悲喜こもごもの戦後庶民物語と思わせておきながら、急転直下、凄まじくシリアスな要素を話の中心に運び入れるのだ。

シリアスな要素とは「捨て子」である。空襲前に別の男と結婚していた田中絹代は、「戸籍上はおまえの子だ」という置き手紙に動揺を隠せない。足袋屋に勤める小市民の上原謙は、手の打ちようがなくてふてくされるばかりだ。さあ、どうしようか。

小国の脚本は、ここで陰惨にならない。4本にも3本にも2本にも見えるお化け煙突同様、人間も生活もいろいろな見え方をすることをさらりと示す。応えて五所の演出も、無駄に重くなったり暗くなったりしない。田中絹代高峰秀子に巧緻な芝居を背負わせ、上原謙芥川比呂志にはあえて一本調子の芝居をあてがう。このたくらみのしたたかさだけでも相当なものだが、それに加えて、田中春男花井蘭子といった曲者を意外な形でからませてくる。いまさらながらに思うことだが、1950年代には、これだけ大人びた作法の映画が日常的に封切られていたのだった。
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煙突の見える場所

BSプレミアム 9月20日(木) 13:00~14:49

監督:五所平之助
脚本:小国英雄
原作:椎名麟三
音楽:芥川也寸志
出演:田中絹代上原謙高峰秀子芥川比呂志関千恵子
1953年日本映画/1時間48分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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