コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第37回

2012年5月30日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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柔らかい肌

新聞の三面記事に掲載された実際の事件をもとに トリュフォーがジャン=ルイ・リシャールと共同で脚本を書き上げた
新聞の三面記事に掲載された実際の事件をもとに トリュフォーがジャン=ルイ・リシャールと共同で脚本を書き上げた

巧いなあ、トリュフォー

柔らかい肌」を初めて見たとき(もう40年以上前のことだ)、私は思わずうなった。

ただ、当時は明快な分析ができなかった。語り口が滑らかで、撮影の仕方が自在で、編集にも間然するところがないという美点は読み取れたものの、毒をもって毒を制する彼の技は見抜くことができなかったのだ。

いまならば、もうちょっと俗っぽい言い方もできる。「柔らかい肌」は犯罪映画のタッチで撮られた姦通ドラマだ。中年男が、父娘ほども年のちがう若い娘に夢中になり、どうしようもない袋小路に陥ってしまう話。

なんだ、火曜サスペンスじゃないか。そういいたくなるだろうが、お約束の物語を、トリュフォーは巧緻に、繊細に、精妙に撮る。まるで名手のピアニッシモだ。付け加えるまでもあるまいが、ピアニッシモとは弱い音のことではない。小さくても強い音のことだ。

主人公のピエール(ジャン・ドサイ)は、出版社の編集長で文芸評論家の肩書も持っている。彼はリスボンで、スチュワーデスのニコル(フランソワーズ・ドルレアック)と浮気をする。が、浮気は浮気ですまなくなり、そわそわどきどきした恋の気分は、気詰まりで息苦しい現実の侵食を受けはじめる。

この重心移動を、トリュフォーは描写の速度を自由にあやつりながらとらえる。ピエールのだらしなさを仮借なくあばき出す一方、彼はニコールの魅力をキャメラで執拗に愛撫する。もうひとつ巧いのは時間の処理だ。台詞を極力省き、心理的に濃密な時間を異様に長く感じさせる手際は実に鮮やかだ。2度にわたって出てくるエレベーターの場面や、夜のランスでピエールがガラス戸の向こうに気を取られる場面は、ぜひとも眼を凝らして見ていただきたい。
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柔らかい肌

WOWOWシネマ 6月13日(水) 07:00~09:00

原題:La Peau Douce
監督:フランソワ・トリュフォー
脚本:フランソワ・トリュフォー、ジャン=ルイ・リシャール
撮影:ラウール・クタール
音楽:ジョルジュ・ドルリュー
出演:ジャン・ドサイ、フランソワーズ・ドルレアック、ネリー・ベルデッティ、ダニエル・セカルディ
1964年フランス映画/1時間53分

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「戦慄の絆」

撮影はクローネンバーグの盟友ピーター・サシツキー
撮影はクローネンバーグの盟友ピーター・サシツキー

チャンとエンのブンカー兄弟は、デイジーとビクトリアのヒルトン姉妹と並んで、史上最も有名な結合双生児かもしれない。

姉妹は、トッド・ブラウニングの名作「怪物団」に出演した。私は、ふたりの人生を舞台にした「サイドショウ」という芝居を1990年代のブロードウェイで見ている。姉妹は60歳まで生きた。

一方のブンカー兄弟は63歳まで生きた。こちらはクローネンバーグの「戦慄の絆」で触れられている。チャンが肺炎(映画では脳卒中)で死ぬと、エンも3時間後にあとを追って息を引き取ったと伝えられる。

結合しているにせよしていないにせよ、一卵性双生児は不思議な存在だ。クローネンバーグも、その存在のあり方に想像力を刺激されたのだろう。外見、心理、体質、性癖……一卵性双生児の特殊な行動は、さまざまな角度から見ることができる。クローネンバーグは、エリオットとベバリーのマントル兄弟(ジェレミー・アイアンズ二役)を物語の核に据え、ふたりの間にクレア(ジュヌビエーブ・ビジョルド)という女を割り込ませた。

物語の展開は、ほぼ予想どおりだ。外向的な兄と内向的な弟。ともに産婦人科の医師であるふたりは、無意識のうちに役割を分担し合う。が、クレアの出現でふたりの紐帯には微妙なひび割れが入りはじめる。

もちろん、勝負はここから先だ。クローネンバーグは、不気味な手術用器具と数え切れぬ薬物に、破滅の水先案内をつとめさせる。あとは美術と衣裳。80年代に封切で見たときの新鮮さはさすがにやや色あせたが、一卵性双生児の奇妙な悪夢はいまなお吸引力を持つ。ハワード・ショアの音楽も、甘美な毒をたっぷり盛り込もうとしている。
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戦慄の絆

WOWOWシネマ 6月17日(日) 07:00~09:00

原題:Dead Ringers
製作・脚本・監督:デビッド・クローネンバーグ
撮影:ピーター・サシツキー
音楽:ハワード・ショア
出演:ジェレミー・アイアンズジュヌビエーブ・ビジョルドハイジ・フォン・パレスケバーバラ・ゴードン、シャーリー・ダグラス
1988年カナダ映画/1時間56分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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