コラム:佐藤嘉風の観々楽々 - 第11回
2008年11月17日更新
第11回:世界の闇に住む子どもたちが、世界の美しさや面白さを写し出す
人は誰しもが生まれてくる時に、「生まれくる場所(国)」や「環境」、または「時代」というものを無条件に割り振られて誕生します。
僕たちが、日本人として生まれてきた事も、「昭和」あるいは「平成」の時代に生まれついた事も、自らが選択してきたわけではなく、言うなればそれはまさに、「運命」だったとしか言いようがありません。
さて、今回の観々楽々で取り上げる映画は、とても困難な運命を背負いながらもこの世に生まれてきた子ども達を記録したドキュメンタリー作品。それはインド・カルカッタの売春窟に生まれつき、学校に通う事も出来ず母親の売春の手伝いをする子ども達の姿であり、それとともに、彼らが少しでも未来に希望を抱けるようにと奔走する、一人の女性カメラマンの姿をありのままに伝えてくれる「未来を写した子どもたち」です。
監督は、前述した女性カメラマンでフリージャーナリストでもあるザナ・ブリスキと、数々のドキュメント作品を手掛けて来たロス・カウフマンで、2人はこの作品で、第77回アカデミー賞最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しています。
驚く程入り組んだ、不思議な構造をしている売春窟は、普段僕らがテレビや観光案内で観るインドの姿とは全く異なっており、匂いまでが伝わってきそうな程、リアリティーに溢れたインドの姿である様な気がしました。僕はむしろ、その不可解な街の構造に美しさをも感じましたし、正も負も含めて色々な感情がこみあげてきました。ザナは、数カ月もの間実際に売春窟で暮らし、そこで働く女性達や子ども達と積極的に交流し、信頼を得てきたという事で、映画の中では皆がありのままの姿をカメラの前でさらけ出しており、人々の感情までもが切々と伝わってきます。
ザナは、夢も希望も無い子ども達に、ある時からインスタントカメラを渡し写真を教え始めます。世界の美しさや面白さをカメラを通して彼らに教えてゆく彼女。それに対し、子ども達は見事なまでの純粋さと、無邪気さと、孤独に溢れた写真を投げ返し、また輝き始めます。驚くのは子どもたちが撮る作品の素晴らしさ。社会の闇に暮らす彼らが、果敢にもフラッシュで光を灯し、収めてゆく感情まみれの街並や、人々の表情。そこには、逆に僕たちが忘れてしまっている何か、とても大切なものが写し出されているような気がしました。その何かが、未だ釈然としない自分は、もう一度この映画を観るでしょう。
ザナが提示する、未来への希望と、子ども達をとりまく悲惨な現実。その間で、子ども達が個々それぞれどのような道を選択していくかなど、それはいかなるフィクションにも決して劣らないストーリーに溢れています。
自分の立ち位置や、運命を見つめるためにも、是非皆さんに観て頂きたい作品です。
筆者紹介
佐藤嘉風(さとう・よしのり)。81年生まれ。神奈川県逗子市在住のシンガーソングライター。 地元、湘南を中心として積極的にライブ活動を展開中。07年4月ミニアルバム「SUGAR」、10月フルアルバム「流々淡々」リリース。 好きな映画は「スタンド・バイ・ミー」「ニライカナイからの手紙」など。公式サイトはこちら。