コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第89回
2020年12月24日更新
第89回:陶王子 2万年の旅
2万年という長大な時間に沿って、陶磁器の歴史を追っていく物語。そう書くと、教育映画的で地味な作品をイメージするだろうし私もそう予想していたが、いい意味で完全に裏切られた。知的刺激に満ちていて、観終えたあとには良質な歴史書、タイトルを与えるとすれば「陶磁器から見た文明史」というような良書をじっくり読み終えたような満足感がある。
2万年前に、こねた粘土を焼いてみようとどこかのだれかが思いついたのがすべての始まりだった。そのまま焼くと粘土は割れてしまう。そこできっと別のだれかが砂を混ぜることを思いつき、そして火力を上げると煤が焼け飛ばされ、黒ずみがなくなって粘土の赤がきれいに発色してくる。
「火の赤を、写し取ろうとしていたのかもしれない」と語られる。そしてテロップが現れる。「人類は初めて、自然界の色を手元に置くことに成功した」
こういう原初の物語からスタートして、思いも寄らない広がりとともに物語は続いていく。焼き物で煮炊きできるようになり、毒素のある樹の実を食べられるようになったこと。メソポタミアでは、顔料で土器に模様を描くため回転台が発明され、これが車軸をもったろくろに発展し、さらにろくろが車輪の発明へとつながったということ。
人類文明のさまざまな分野に陶磁器の果たした役割があることが描かれ、まさに「陶磁器から見た文明史」である。
「青」の物語もある。古代エジプトで作られていた真っ青な陶器は製法が失われていたが、それをついに再現した日本人女性研究者。青銅器がやってきて焼き物が存亡の危機に陥り、しかし「金属の響きに負けないような澄んだ音色がほしい」「金属に負けない輝きがほしい」と白磁の発明に挑んだ中国・景徳鎮の職人たち。白磁の製法の秘密をなんとかして解き明かそうと、王に幽閉されながら7年もかけて磁器をつくりだしたドイツ・マイセンの錬金術師。
さまざまな物語やエピソードが、つづら折りのように重ねられてはつながっていき、全体としてひとつの壮大な物語をつくっていく。その物語の語り手になっているのは、人形アニメーション。1983年生まれの中国の女性アーティスト耿雪さんの作品で、表情が愛らしいだけでなく、焼き物の進化とともに人形の造形も進化していくつくりが魅力的だ。
お正月にじっくりと教養的世界に浸りたい人、この広い世界の地平を遠くまで望むような映像に触れたい人には、たいへんオススメできる作品である。
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■「陶王子 2万年の旅」
2021年/日本
監督:柴田昌平
2021年1月2日から、ポレポレ東中野、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao