コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第83回

2020年6月2日更新

佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

第83回:ファイヤー・イン・パラダイス 地獄と化した町

タイトルをそのまま日本語に置き換えると「楽園の炎」になって、熱血もののドラマか何かを想像してしまう。しかしネットフリックス配信のこのドキュメンタリーはそんな内容ではまったく無く、米カリフォルニア州にあるパラダイスという街を襲った巨大山火事がテーマだ。

2018年に米カリフォルニア州で起こった巨大山火事を取り上げたドキュメンタリー
2018年に米カリフォルニア州で起こった巨大山火事を取り上げたドキュメンタリー

作品の長さはわずか40分しかなく、山火事を生き延びたパラダイスの街の人々の証言とスマホや車載カメラで撮影された動画が交互に出てくるだけというシンプルな構成。ところが冒頭から地獄のような恐ろしい映像が始まり、その恐ろしさが極度の緊張を保ったまま最後までずっと続く。見終わって放心状態になった。

2018年11月8日の朝から広がり始めた山火事は、パラダイスに迫っていく。自家用車で逃げ出す人々。しかし道路もほうぼうで炎に覆われ、渋滞で足止めされ、刻々と時間は経っていく。

映っている光景は、とても朝とは思えない。脱出行のスクールバスで、児童が先生に聞く。「先生、いま何時?」「10時ぐらいよ」「夜の10時?」。真っ黒な空と、地面を舐める炎。死後の世界に灼熱地獄というものが本当にあるとしたら、きっとこんな光景だろう。

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街の中心では、道路渋滞で住民150人が立ち往生している。迫りくる炎に、警官が走りながら叫ぶ。「車を捨てて、徒歩で避難して」。ひとりの高齢女性は証言する。「聖書に出てくるような炎の塊でした。火の玉が空から降ってきたの」。やがて近くのプロパンガス置き場が引火し、まるで戦時の爆撃のような音が響きはじめる。「音というより、体の内側を震わす爆発だった」

もはや逃げ場はない。「ここもいずれ火に包まれる。助かるには、この建物の中でコンクリの地面に伏せているしかない」。警官や消防隊員に促される。「叫ぶ人や歌う人もいた。みな諦めの境地に達していた」と証言する生存者。動画では「死にたくない」「死ぬのは嫌だ!」と泣き叫ぶ声が聞こえる。

湿潤な日本では、ここまで大規模な山火事は起きない。だから実感が湧きにくいが、火災が収まったあとのすべてが消失した光景は、まさに東日本大震災の津波被災地のようだった。本作を観ていると、311のときの衝撃が何度も何度もフラッシュバックされてくる。避難所の様子、行方不明者の情報を求める壁の掲示板、瓦礫の山で行われる警察と消防の捜索活動……。

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カリフォルニア州では近年、ひどい山火事が繰り返し起きている。ある消防士は「そのたびに妻に『今回のは未曾有の火事だ』と言っていたら、妻に『あなた、毎回未曾有って言ってるじゃない』と指摘された」と話す。そして「どう考えても普通じゃない。これが普通になっては困る」

カリフォルニアの山火事の原因は異常気象もあれば、小規模な山火事を消し止めすぎて可燃物が山林に蓄積されているという指摘もある。要因は複合的だと思われるが、「普通」になりつつあるのかもしれない。日本でも地殻変動期に入って20世紀終わりごろから大きな地震が多発し、甚大な水害も頻発しているように。

そして今回のコロナ禍でまたも、また別の異常な状態が「普通」になってしまった。「常に異常」が「普通」であるというニューノーマルの時代が始まろうとしているのかもしれない。それに私たちはいつか慣れることができるのだろうか。

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■「ファイヤー・イン・パラダイス 地獄と化した町

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2019年/アメリカ
監督:ドレア・クーパーザカリー・カネパリ
Netflixで配信中

筆者紹介

佐々木俊尚のコラム

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。

Twitter:@sasakitoshinao

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