コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第32回
2015年11月11日更新
第32回:美術館を手玉にとった男
最近、グローバルのドキュメンタリ映画って黄金時代を迎えている感があって、信じられないような「事実は小説より奇なり」を地でいく物語がリアルタイムに撮影され、紹介され、観客があっと驚く作品が多い。前回紹介した「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」もそうだし、転落した大富豪を描いた「クィーン・オブ・ベルサイユ」とか、虐殺者をグロテスクに描いた「アクト・オブ・キリング」とか、忘れ去られた歌手を描いた「シュガーマン」とか。
この映画も、そういう「事実は小説より奇」路線の中に位置づけられる作品だ。
美術品を精巧に贋作する男、それを追う美術館職員。だまされた美術館の数々。そういう構図の映画は過去にいくつもあったと思うけれど、本作ではいきなり贋作者マーク・ランディスがモザイクもなにもなしに出てくる。自分について語り、贋作を描く様子を見せ、そして神父や慈善活動家などに扮装して実際に美術館に出かけ、そこの職員に贋作を寄付する様子まで、すべてがリアルな映像として目の前でくりひろげられる。
このリアルタイムさがすごい。さらには、こんなシーンもある。贋作者の存在を知ったシンシナティ大学のギャラリーの担当者アーロン・コーワンが、贋作者本人に電話をかけ、「なぜこんなことをするんだ」と問い詰める。この電話の様子が、なんと贋作者側とギャラリーオフィス側の双方で撮影されているのだ。
セットでも組んで、事前準備して、脚本も用意して撮影されたようにしか見えない。しかし制作ノートによると、コーワンがランディスに電話をかけようとしていることを知った本作の共同監督2人は両者の側にそれぞれ駆け付けて、撮影を始めたのだという。
「コーワンは僕たちのような映画制作者よりもいろんな点で直接的だった。彼はランディスの触れられたくない部分に踏み込み、倫理観や著作者の権利について厳しく迫った。ランディスは、彼と口論しようと意気込んでいた。そのやり取りにおける彼らの姿は、どちらもドラマチックで、目を瞠るものだった」
こういう驚くべき見せ場が本作にはいくつも仕掛けてある。なんと贋作者ランディスの個展が開かれることになり、ランディスを追いかけ続けているマシュー・レイニンガーとランディス本人が、ついに相まみえることになる瞬間は実にスリリング。
ランディスは自分の贋作をすべて無償で寄贈しており、カネは一銭ももらっていない。だから逮捕されることもなく、個展も開かれ、そしてこのような生々しい映像が撮影される。その存在そのものが、もはや現代アートの一種であるようで、人生の目的とは何ぞや、ということを考え出すと頭が迷宮の中に入っていきそうな作品である。
■「美術館を手玉にとった男」
2014年/アメリカ映画
監督:サム・カルマン、ジェニファー・グラウスマン
11月21日から、ユーロスペースほかにて全国順次公開
⇒作品情報
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao