コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第27回
2015年10月30日更新
難民問題に揺れる英仏海峡の街 フランス映画人が署名運動を開始
英仏海峡トンネルに面したフランス北部の街、カレー(Calais)に集まる難民の話題は、日本にも大きく報道されていると思う。アフリカやアラブ諸国からはるばる大陸を移動して集まった彼らの望みは、ひたすらイギリスに渡ること。イギリスに行けば不法労働でもなんとか仕事にありつけるだろう、というのが彼らの思惑だという。
だが、海を越えて不法入国するのは容易ではない。カレーの街外れの空き地には、そんな難民たちが野宿をするようになり、いつしかジャングルと呼ばれるようになった。その数は、9月の時点でおよそ3000人、10月末には2倍に膨れ上がったとも言われるが、正確なところは誰にもわからない。正式に登録されているわけでもないし、ジャングルが塀で囲われているわけでもないからだ。ただその人数と領土が、日々膨張し続けているのである。もちろん、もともと何もない更地ゆえに雨が降れば水浸しになるし、ろくな設備もない。市がようやく設置した簡易トイレや水道も数箇所にしかなく、あちこちにゴミが散乱している。人間がまともに生活のできる環境ではないし、さらにこれから長く過酷な冬がやってくる。8月31日には欧州委員会による資金援助が発表されたものの、まだ具体的な対策は何もなされていない。
そんな状況にたまりかね、フランスの映画人を中心とする識者たちが立ち上がり、「L'Appel de Calais(カレーの呼びかけ)」という署名運動を開始した。つねづね思うことだが、こういうときに団結して事を成す行動力にかけて、この国の人々は本当に底力がある。10月20日には、その声明とともに、800人にのぼる賛同者のリストがマスコミに発表された。そのなかには、ジャン=リュック・ゴダール、ダルデンヌ兄弟、フランソワ・オゾン、エリック・カントナ、ギャスパー・ウリエル、エマニュエル・ベアール、マチュー・アマルリック、オマール・シーなど、さまざまな名前が見受けられる。
さらに翌21日には、パリ市内の映画館で、マスコミ向けの緊急記者会見も開かれた。この日の参加者は、司会進行を果たしたパスカル・フェランをはじめ、アルノー・デプレシャン、ミシェル・アザナビシウス、ローラン・カンテ、ニコラ・フィリベール、女優のラシド・ブラクニ、俳優のレダ・カテブや国境なき医師団のメンバーなど、30人近くが集まった。
まず有志で書き上げたという声明を回し読みした後、ニコラ・フィリベールらが数日前にカレーを訪れ、ジャングルの人々にインタビューをしながらその光景を携帯に収めた映像が上映された。フィリベールはその印象をこう語った。「今回初めてジャングルを訪れましたが、初めて目にすると本当に信じられないような光景で、とてもショックを受けました。映像を撮るのは正直、心苦しかった。彼らは見世物ではないのに、まるで動物園のように見物されているわけですから。でもとても気さくに、寛大に応じてくれました。この現状を記録して、ひとりでも多くの人に訴えたいと思ったのです」
パスカル・フェランはこう呼びかけた。「わたしたちが要求していることはとてもシンプルです。抜本的な対策には時間が掛かるかもしれない。でもこれからますます寒くなるなかで、今のこの状況を一刻も早く改善しなければならない。少なくとも、一時的にどこか設備の整ったところに彼らを移すべきだということです」
それぞれコメントを述べた参加者のなかには、フィリベールのように未だショックで消沈している人、訴えながら声を詰まらせる人もいた。会見後、デプレシャンにコメントを求める機会を得たところ、彼はこう語ってくれた。「いまも多くの人がボランティアで物資を届けたり、さまざまな貢献をしています。でもチャリティには限界があるし、それでは抜本的に事は変わらない。これは政策の問題で、政治家の義務です。一刻も早く対策を打ち出してもらわなければならない。幸い今の時代はソーシャルネットワークがあるので、わたしたちはそれを活用して、広く多くの人に語りかけ、署名を集め、政治家にアピールしたいと思ったわけです」
もちろん、署名は著名人に限らず誰でも参加できるので、賛同する方はこちらのサイト(https://www.change.org/p/au-gouvernement-français-appel-de-calais)へどうぞ。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato