コラム:メイキング・オブ・クラウドファンディング - 第8回
2016年10月28日更新
■行きずりの場所で過ごす夢のような時間
大高:映画「函館珈琲」は、函館の時間の流れを感じる作品だと言いましたが、もっというと、普段の生活のリズムから離れて、マイペースなリズムを整えるような映画だと感じました。
Azumi:あぁ、そうかもしれないです。映画を見た友人たちも「私の今にとても必要な時間でした」って感想をくれるんです。私自身何度も見てるんですけど、見るたびに見方や感じ方が変わって面白いんですよ。そして見ていて疲れないから、何度でも見れる映画なんだと思います。
大高:撮影の舞台もとても素晴らしかったですね。時を重ねた本物の味があるというか。舞台の中心となる翡翠館は実際にあるんですか?
小林:翡翠館はまるまる一棟、実際にあるんですよ。中にある家具や小道具も、リアリティーを追求するためにほとんどを函館の方からお借りして集めました。普通は新品を買ってわざと汚したりするんですが、翡翠館にあるものは人の手触りが本当にある、函館の生活の中から現れたものなんです。
Azumi:確かに生活感のリアルさはすごかったです。お陰で、キャスト全員そうだと思うんですけど、翡翠館に入った瞬間から役になることができました。
小林:僕は映画の中の翡翠館っていうのはずっと居る場所ではない、行きずりの場所だと思っていて。青春が終わった大人たちが、自分はこれから本当になにをしようか?って悩んで、ずっと居る場所じゃないことをみんなわかりながら留まる、行きずりの場所。
Azumi:行きずりの場所、って良いですね!確かに今の時代って、誰しも何かしらの閉塞感を感じていたり、行き場のない悩みを抱えていたりすると思うんですね。そして「函館珈琲」ではそういった悩みが、大きな事件が起こるわけでもなく淡々と描かれていて。でも、人の生活っていうのはそういうものだと思うんですよね。実際にいろいろな傷を抱えていたとしても、それを人に見せて生きて行くわけではないですし。
小林:劇中の“佐和”は、世の中に対してあくせくする様な、何かに強いられている感じを直接言わない。だけどぽんっと孤独にいてくれるのが良いなぁと思いますね。
大高:映画「函館珈琲」を西尾監督がメガホンを取った経緯についても教えてください。
小林:西尾監督が「ソウルフラワートレイン」を函館に持ってきてくれて、とても可愛い映画だし僕も気に入ってたという前提がまずあって。そして僕らが作るのはインディペンデントな映画なので、西尾監督のキャリアがあるとカメラを含めて監督のやりやすいスタッフがいるだろうと。そういうメインベースをもってる人を選びました。
大高:僕は西尾監督って大阪のイメージが強かったので、函館で撮るんだということにびっくりしたんですよね。
小林:やはり演出には西尾監督独特の、笑いを挟むようなところがありましたね(笑)
Azumi:そうそう、こだわるポイントが独特なんですよ(笑)。
小林:普通は映さないファーストフードチェーンの「ラッキーピエロ」をシーンに入れたり。僕だったら函館を眺めたときに「なんだあれは、景色をぶちこわして」なんて思っちゃうんだけど、感覚として道頓堀みたいですごくフィットするみたいですね。
Azumi:確かに「ラッキーピエロ」は函館の象徴ではあると思います。西尾監督はそういう、ちょっとした違和感みたいなものをリズムで入れる感じがありますよね。私も監督の関西感みたいなものを函館でどう表現するのかな?って思ってたんですけど、函館という町が西尾監督カラーになりつつもちゃんと見えてて、改めて素晴らしいものになったと思いました。
小林:あとは西尾監督がやりたいことと、函館を知り尽くした現場の大御所たちのセオリーがどうしてもぶつかるときもあるので、そこはお互い刺激になったんじゃないかと思いますね。これからも監督を選ぶときはピンでくるよりも、監督が仲間と一緒に来るチーム編成ができれば今後もやりたいなと思ってます。
大高: なるほど。撮影を終えられてどうですか?
Azumi: 自分ではずっと“佐和”を演じていたと思っていたんですけど、撮影中に自分の感情と佐和の感情が混在してきた瞬間があって驚きました。そして、それは撮影が終わってからもとても感じましたね。あとは映画に関わるみなさんが本当にプロフェッショナルで映画に対する情熱が素晴らしくて、夢のような時間を過ごすことができました。
小林:映画の舞台としてはもちろん、撮影をするにしても翡翠館という拠点ができたことはラッキーでしたね。みんながずっと同じ場所にいたので関係性が濃密にはなりましたが、現場で怒鳴り声が響くことは一度もなかったです。函館港イルミナシオン映画祭では、キャストや監督・スタッフがそれぞれの立場を尊重しつつ、直にクリエイティブに話ができる場所を目指せたらと思っているので、今後もそのための土俵作りは大切にしていきたいですね。
■みんなで育てるクラウドファンディング
大高:昨今、なかなか映画祭自体が映画をつくる例は、そんなにないですよね。
小林:そうですね。函館港イルミナシオン映画祭ではシナリオも公募して映画を作って、配給も自分たちで行うスタイルです。普通は新人の方が書いたシナリオが脚本化されることなんてないので、それも大変珍しいと思います。
大高:なるほど。クラウドファンディングをされてみて実際どうでしたか?
小林:クラウドファンディングはやっぱりお金だけじゃなくて、同時にこの映画を製作段階から認知させていく新しい方法だと僕は思っています。僕らの様なインディペンデントな映画は、いかに一人でも多くの人に映画を知って貰うかが勝負なんですね。なのでメジャー映画の様に、映画が出来てから宣伝するのでは遅いと思うんです。例えば僕の師匠である若松さんなんかは、映画を作るってことが最大の宣伝なんですよ。若松孝二が映画を作る、それが一番の映画の宣伝。そこから世間にスタートしていくわけで。なので「函館珈琲」も、函館で製作発表して、北海道出身のAzumiさんに来て頂いて。そういうことを僕らは戦略的に考えてますね。
大高:ただ単にお金を集めるという以上に、クラウドファンディングを通じて製作中からファンコミュニティーを作って一緒に盛り上げていく、というところですよね。
小林:そうですね。公開前からある程度お客さんと関係性が作れる事は重要です。少し前までは新聞の映画評を取れたらあとは寝てられた、という時代があったんですよ。でも、今の時代は新聞広告を出したり有名な人にオピニオンをお願いするより、リアリティーのある言葉を伝えてくれる人一人でいいんじゃないか?なんて思いますね。
Azumi:確かに、一緒に映画を育てるみたいな感覚が持てますよね。
大高:ミュージシャンの方からみたクラウドファンディングはどんな印象ですか?
Azumi:最近は音楽関係のプロジェクトも多いですよね。でも、やっぱり気にしてしまうのは見え方ですね。クラウドファンディングをすることでどんな風に見えるのか、ということをみなさん試行錯誤してるような感じがします。
小林: 見え方っていうのは「お金が無い」とかそういう印象?
Azumi:確かに、今までメジャーで活躍してた人がクラウドファンディングをすると「もしかしてお金ないのかな?」ってマイナスイメージで捉えられるんじゃないか、という心配はありますね。私はクラウドファンディングの魅力はプロジェクトをみんなで一緒に育てていける感覚だと思うんです。なので「みんなで作ろう!」という内容にできたら、こんなに素敵なお話はないので、そこを丁寧にできればいいなと思います。
大高:確かに、音楽関連のプロジェクトはそのままアーティストの方々の見え方に繋がるので、クラウドファンディングを行う事自体を “祭”っぽくクリエイティブにしていく様に話し合わせて頂く事も多いですね。Azumiさんに仰って頂いた様に「みんなで作ろう!」というクラウドファンディングの根本の部分がプロジェクトを通じて伝わって行ければと思います。
小林:今回のプロジェクトでは、「僕たちの映画だ」ってインディペンデントならではの気持ちになって貰えるように配慮しました。その一環としてエンドロールへお名前を入れる特典を用意したので、編集で苦労したりしましたが(笑)。映画もちゃんと世界を描く映画密度の濃いものを作って観て頂きたいので、最低でも20館で上映できることを目標にクオリティーにはこだわりました。そうして映画に関わってくれた人が「また函館港イルミナシオン映画祭やりたいね」って思ってくれたら何より嬉しいですね。
■「函館珈琲」でみた夢のつづき
大高:最後に今後の展開について教えて下さい。まず、小林さんはプロデューサーとして今後も映画祭やシナリオ大賞は続けていく予定でしょうか?
小林:函館港イルミナシオン映画祭は今後も続けていく予定で、関わってくれた人がここを足がかりに活躍してくれたら良いなと思っているんです。函館という街は古さと新しさが同居している街なので、街同様にキャストやスタッフみんなが巡り巡る場所の本拠地になってくれたら嬉しいですね。そしてシナリオ大賞の方ももちろん続けながら、今後は海外からも募集を検討したり、新しい展開も計画しています。この映画製作の方法は日本に留まるだけのものじゃないと思ってるので、今後は世界を視野に活動していきたいですね。そうして函館港イルミナシオン映画祭で映画を作ることが、ほかの映画を作るの人の刺激になったら嬉しいです。
大高:映画製作に迷ったときに「函館港イルミナシオン映画祭がある」と目指す北極星のような感じですね。
小林:そうなれれば良いかなと。
大高:ローカル性を重視する映画に海外の方も参加して製作される形もとても面白い計画ですね。奈良国際映画祭で製作された「ひと夏のファンタジア」も監督が韓国の方で、日本を少し引いてみてる感じがあって、それが逆に奈良の魅力も伝わって来てすごくよかったですね。
小林:海外の方が撮影する日本って、何故だかすごく魅力的ですよね。
大高:Azumiさんは今後も音楽活動と兼任で役者活動はされるんでしょうか?
Azumi:役者は今後もやりたいですね。今回「函館珈琲」がものすごく幸せな現場で、関わるみなさんの映画への深い愛情という素晴らしいものに触れて、役者がやりたくてたまらない気持ちにさせて頂きました。実は、今回が初めてのお芝居だったので、ミュージシャンで役者をされてるDragon AshのKjやRADWIMPSの野田(洋次郎)君に「役者はどうだった?」って聞いてみたんですね。すると「映画は本当にみんなで作り上げていくものだからまずそこに感動するよ」って。あとは「ほんとにずっと夢のような世界だよ」って言ってたんですが、私も「函館珈琲」でまさにその気持ちを体験することができました。そして、今度は過酷な役や現場に行ったり、コメディーなんかにも挑戦してみたいです。あとはやっぱり、音楽に根ざす映画には出てみたいですね。(了)