コラム:LiLiCoのHappy eiga ダイニング - 第19回

2014年6月11日更新

LiLiCoのHappy eiga ダイニング

第19回:木村大作監督&松山ケンイチが語り尽くす撮影秘話
対談ゲスト:「春を背負って」木村大作監督、松山ケンイチ

TBS「王様のブランチ」の映画コメンテーターとして人気のLiLiCoが、旬の俳優・女優・監督から映画に対する思い、プライベートな素顔に至るまでを多角的に展開する対談連載「LiLiCoのHappy eiga ダイニング」。第19回のゲストは、「春を背負って」のメガホンをとった日本を代表する名キャメラマンでもある木村大作監督と、主演の松山ケンイチ。立山連峰での過酷な撮影を“踏破”した2人に、LiLiCoが迫った。

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LiLiCo(以下、リリコ):完成をずっと待っていましたよ! 以前からいろいろな話をお聞きしていましたし、誰よりも早くメイキング映像を渡してくださいましたからね。それに、深夜2時くらいに「何しているの?」って電話をかけていただいたこともありました。「寝てるっちゅーの!」みたいな(笑)。さて、今作はすぐに感想が言える映画じゃないと思うんですよ。映像もきれいですし、本当に素晴らしかったです。すべてが美しくて、大作さんが撮ったんですよねえ。

木村大作監督(以下、木村監督):俺が撮ったとは思えないんだろう? 冗談じゃないよ(笑)。

リリコ:大作さんの目から見て、松山さんの俳優としての魅力は?

木村監督:僕の撮り方って多重キャメラだよね。松山さん、蒼井優さん、豊川悦司さんによる3人での受けの芝居を全部撮っていることになる。そうすると、自然な感情がやっぱり出てきますよね。それを使うから、松山さんも自分で今まで見たことのない、素のいい感情を出している。こちらもちゃんと拾っている。そういうのでカットバックするから、ちゃんと素の部分が出ていると思うよ。

リリコ:私はデビューの頃からずっとインタビューをさせていただいて、「天才だ」「カメレオン俳優だ」と言い続けてきましたが、まだ出していなかった顔があったんですね。松山さんは監督とご一緒していかがでした?

松山ケンイチ(以下、松山):監督とこの場所(立山連峰)がそうさせてくれたというのがあると思うんです。それは、どの役者さんも言うと思います。ここに登ってきたからこそできる演技。後半はセットでもやっていますが、ここを経てのセットなので。ここで生活したことがすごく大きかったですねえ。

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木村監督:山小屋に最大で38人が寝泊りしていたからさ。スタッフは17人しかいないけど、ガイドさんが10人くらいいて、俳優さんも最大で5人くらいかな。スタッフは食堂に寝袋で寝ている感じだったんだよ。松山さんにしたって、優ちゃん、檀ふみさん、豊川さんにしたって、構っていられないよね、雰囲気的には。自分でいるしかないわけだから。合宿生活みたいな環境が大きいんじゃないかな。夜は外になんて一歩も出られないし。晩飯を食べたら雑談するか、トランプするくらい。場所が限られているから話し声だって聞こえてくるし、言葉が乱れ飛ぶなかで、自分を隠してなんていられないよ。

富山・立山連峰での約8カ月におよぶ長期ロケを敢行した今作は、笹本稜平氏の同名小説が原作。松山は、山小屋の主として生きる父・勇夫(小林薫)に反発し故郷を捨て、東京でトレーダーとして生きることを選んだ享に扮した。不慮の事故で死去した父の通夜のために戻った立山で、疑問を感じていた今の生活を捨て、山小屋を継ぐことを決意。そんなある日、亡き父の後輩だという不思議な山男・ゴロさん(豊川)が現れる。家族や周囲の人々との温かい交流、山での力強い生き方を通して人間的な成長をとげていく姿に焦点を当てたドラマだ。

リリコ:山に登るだけでも過酷だったとは思うのですが、一番大変だったのはどんなことでした? 豊川さんをかつぐシーンというのもありましたよね。

木村監督:崖のシーンっていうのもあったなあ。あれは大変だったよ。

松山:僕も大変すぎて記憶から消去していました(笑)。今聞いていて思い出しました。うん、そこが大変でしたね。あと、優ちゃんが演じた愛が身の上を告白する部分は、テストなしでやりましたよね。

木村監督:そうだよ、あれは一発だったね。いまの映画界ってさ、特に若めの監督はテストを何本も繰り返していって、自分の思い通りにいっていると思い込んでいる人が多いんだよ。俺は違うといつも思うんだよ。特にこの3人だったら、絶対に一発で撮った方がいいという自信もあったしね。「本番いきましょうか?」と言ったら、3人は返事をしないでニコッと笑ったんだよ。ニコッとさ。それで本番にいったのさ。

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リリコ:おお~、すごいですねえ。ニコッと笑った裏側には何があったの?

松山:やるしかないですからね。繊細なシーンでしたから、何回もやれるものではないと思うんですよ。それをくんでいただいているなというのがわかったので、「喜んで!」という感じでしたね。

木村監督:松山さんはあのシーン、ほとんど無言なんだけど、あれだけアップで使っているでしょう? 逆にあんなに使われるとは思っていなかったのかもしれないね。でも、あれが自然の感情なんだよ。「お父さんが大きな木みたいな人で、そこから酸素をいっぱいもらいました」って言うだろう? あの絶妙な反応だよね。カットを割ったら、もう少しやるんじゃないかと思ったりするんだよ。それが微妙なうまさだから、見ている人も感情が移入するんだよね。

リリコ:またセリフがどれも素敵じゃないですか。心に残る言葉が詰まっているんですよね。

木村監督:もっと言えばね、冒頭で「一歩一歩、負けないように普通に歩けばいいんだ」とあるじゃない? 最初はさ、「一歩一歩、前へ進めばいいんだ」というセリフだったんだよ。現場ではさ、11歳の子役に対してスタッフが「ああした方がいい」「こうした方がいい」っていろいろ言うんだよ。それで頭が混乱しちゃってね。そうしたら、山岳ガイドの稲葉英樹さんが「坊や、普通に歩けばいいんだよ」と言ってね。俺はそばにいたんだけど、「こっちの方がいいな」と思ってさ。自分が書いたやつだから、どうにでも直せるし、誰にも文句を言われない。そういう意味でどんどん変わっていったね。

リリコ:共演の皆さんも、すごい面々でしたよね。ゴロさんを演じた豊川さんも素敵でした。

松山:豊川さんは本当にゴロさんみたいでしたよ。ゴロさんの周りでいっぱい笑いが起こっていましたね。優ちゃんも大笑いしていましたし。だから、場の空気が悪くなるってことは1回もなかったと思います。それがすごいですよね。スタッフの皆さんなんて、40キロも荷物をかついで登っているわけですよ。それでも笑顔が耐えないっていうのは素晴らしい現場でした。それがまた、スクリーンに出ていますよね。

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リリコ:若い方々にも見てほしいですよね。

木村監督:今までの試写会では、母と娘の親子連れとか、女学生が多かったんだよ。そういう世代が来てくれるといいんだけどね。俺が作っているんだから、基本的には一定の年齢以上なんだよね。でも、今度の場合はキャストも若い。女学生なんて泣いて出てくることもあるからね。

そして、話題は本編後半に出てくる、享(松山)と愛(蒼井)が手を取り合ってグルグル回るシーンについてへと移行していく。

木村監督:さっき、中年のおじさんがあのシーンを「大作さんらしくないね」なんて言うんだよ。若い子たちはそんなこと言わない。あるとき、試写が終わった後にロビーに行ったんだよ。そうしたらアベックがいてさ、グルグル回っていたんだよ。「どうしたの?」って聞いたら、「この映画を見たらグルグル回りたくなった」って言うんだよ。2人とも松山さんと優ちゃんにどこか似ていてね。女の子に「蒼井優に似ているよ」って言ったら喜んでくれてさ。でもね、それで自信がついたね。

リリコ:街中でやってくれたらいいですよねえ。

木村監督:外国人だったらやるだろうけどさ、日本人はやらないよ。

リリコ:そんなことないですよ。私、監督とやりたいですもの。そういえば、前作「劔岳 点の記」のときに「最初で最後の監督業」っておっしゃっていましたよね?

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木村監督:それについては謝ったんだよ、最初の会見で。日本映画界からバイバイするつもりだったんだよ。これさえ撮れればいいやと思っていたんだけど、終わってみたら「明日からどうやって食っていけばいいんだ?」となってね。でもさ、映画の魅力はやめられないよ。この魅力にかなうものはないんだから。

リリコ:次回作に向けて考えていることがあるんでしょう?

木村監督:そりゃ、色々あるよ。でも、これがヒットしなかったら、やりたくてもやれないよ。今はこれをヒットするために最大の力を尽くすしかないな。ヒットしたら、年も年だし、そろそろ高くないところで、それでいて自然のすごいところでやりたいなあ。俺が山田洋次さんの作品みたいなのは似合わないだろう?

リリコ:撮ってみればいいのに。素敵だと思いますよ。でも、日本を代表する名キャメラマンですから、他の人には撮れない映像の美しさを見たいというのはありますよね。

木村監督:黒澤明さんの教えなんだけどさ、映画って被写体がよければどう撮ったって良くなるんだよ。「みんなはキャメラのこっち側、レンズのこっち側を工夫しようとする。あんなものは意味がない!」とよく言っていた。俺も考えたよ。被写体って何だ? ってね。やっぱり俳優さんなんだよ。自然だけだったら、ドキュメンタリーをやっていればいいんだから。俳優さんにお芝居をしてもらって、そのバックに自然であるべき。それを狙っていきたいんだよ。

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リリコ:さて、この連載では3つの質問を皆さんにしています。松山さんは以前2回やっていますからね。まずは、好きな言葉を教えてください。

木村監督:俺は即答だよ。ずっと言い続けているけど、人生も大自然も同じ。「厳しさの中にこそ美しさがある」。自然のことだけじゃないんだよ。人生だって、厳しい道を選んでいかなければ何も出てこないよね。厳しい方を選んでも出てこないかもしれないけどね。人間って厳しい状況のほうが美しく見えるんだよ。

松山:今作のなかで、僕が言うセリフで「自分の歩いた距離だけが本物の宝になるんですね」というのがあるんです。このセリフですね。

リリコ:続いて、これからの夢は何ですか?

松山:今は、「春を背負って」が大ヒットして、監督の次の構想が実現できるといいなと思っています。監督がやりたいことってまだまだたくさんあると思うんです。次に何を出してくるのかすごく楽しみなんです。自然に対する見方を変えてくれる力を持った方ですから、すごく楽しみなんですよね。

木村監督:まったく同じだね。ヒットしてくれないと、今までのことが全部徒労になっちゃうからなあ。松山さんに「自分の歩いた距離だけが本物の宝になるんですね」と言ってもらっているけれど、あれは俺のセリフだよね。いつも言っていることなんだけど、「春を背負って」を本物の宝にしてほしいんだよねえ。

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リリコ:最後の質問です。一番好きな映画を教えてください。

木村監督:映画の順位はつけられないんだよ。でも俺は、黒澤さんの「七人の侍」になっちゃうんだよ。それと同等のものはたくさんあるけどね。

松山:黒澤さんつながりでいうと、僕は「生きものの記録」(1955)ですね。

木村監督:それはちょっと意外だな。

松山:当時35歳の三船敏郎さんが70歳のおじいさんを演じられたんですが、僕はこの作品ばかり見て、「平清盛」の晩年を演じていましたから。三船さんって、すごくまっすぐに演じてきているイメージがあったのですが、ガラッと年齢をも超えた演技をされていて、すごい衝撃を受けたんです。

木村監督:少し補足すると、黒澤さんはあの役を三船さんにやってもらったのは、「よぼよぼのおじいさん」は嫌だったんだと言っていた。あの時代、普通であれば志村喬さんだよね。それを三船さんに話を持っていったっていうのがすごいよね。

筆者紹介

LiLiCoのコラム

LiLiCo(リリコ)。1970年11月16日、スウェーデン・ストックホルム生まれ。18歳で来日し、1989年に芸能界デビュー。2001年からTBS「王様のブランチ」に映画コメンテーターとしてレギュラー出演中。映画俳優へのインタビューをはじめ、「レイトン教授と永遠の歌姫」「シャーロットのおくりもの」などでの声優業、トークイベント、ナレーション、雑誌エッセイなど幅広く活躍している。

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