コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第94回
2007年10月9日更新
第94回:この秋ナンバーワンの新ドラマとは?
秋の新番組のシーズンが始まって以来、寝不足である。TVの見過ぎで睡眠不足になるなんて情けない話だけれど、一刻も早く次の「LOST」や「HEROES/ヒーローズ」を見つけようとすると、話題の新ドラマを片っ端からチェックしなければならなくなり、再開したレギュラー番組も並行して鑑賞することになるから、必然的に睡眠時間が削られることになる。まあ、好きでやっていることなので、誰にも文句は言えないのだが。
で、これまでにコンピューターオタクと女性スパイのコンビの活躍を描くアクション・コメディの「Chuck」(パイロット版の監督は「チャーリーズ・エンジェル」のMcGだ)とか、交通事故で瀕死の重傷を負った女性が、サイボーグとして活躍する「Bionic Woman」とか、タイムトラベルものの「Journeyman」など、それぞれ面白いとは思ったけれど、第2話をぜひ観たいという気にさせてくれるものは、あいにく見つけることができなかった。
「Pushing Daisies」を発見したのは、今年は不作だとあきらめようとしていたときだった。10月3日からABCで放送開始となったばかりの同シリーズは、今年の秋にスタートした新ドラマで間違いなくナンバーワンだ。
「Pushing Daisies」の主人公は、死者を生き返らせる能力を持つネッドという若者だ。手で一度触れただけで、死者を甦らせることができるものの、生き返らせた人間を60秒以内に再び死亡させないと――蘇生した人間に再び触れると、2度と生き返らなくなる――身近にいる誰かが代わりに死亡してしまう、という制約がある。幼い頃、誰かを蘇生した代わりに他人を殺してしまったり、いったん生き返らせた人間にうっかり触れてしまったために、完璧に殺してしまった過去を持つ彼は、能力を封印し、パイ屋の主人としてひっそり暮らしていた。ある日、殺人事件を調査している私立探偵から、犠牲者の蘇生を頼まれる。犯人についての証言を得るために、死者を生き返らせて欲しい、というのだ。60秒以内に蘇生者を再び死亡させることを条件に、ネッドは仕事を引き受ける。が、殺人犯に殺されていたのは、なんと幼なじみで初恋の女性チャックだった。果たしてネッドは、蘇生したばかりのチャックを、すぐに死者の世界へ戻してしまうのか――。
ストーリーだけを聞くと、「デッドゾーン」のような超能力探偵のドラマを想像するかもしれない。が、「Pushing Daisies」は、むしろ「ビッグ・フィッシュ」や「アメリ」のようなファンタジー映画に近い。極彩色の世界を舞台に、風変わりなキャラクターが次々と登場し、凝ったカメラワークが冴え渡る(パイロット版の監督は、撮影監督出身のバリー・ソネンフェルドが手がけている)。「CSI:科学捜査班」に代表されるような、リアルでダークな描写を特徴とする作品が大勢を占めるアメリカのTVドラマなかで、独自の世界観を打ち出しただけでも評価に値すると思うのだが、おまけに、意外なストーリー展開と、独特のユーモアが散りばめられている。ぼくにとって最大の驚きは、徹底的にギミックに凝りながらも、ハートを忘れていない点にある。例えば、チャックを生き返らせたはいいものの、ネッドは一生彼女に触れることはできない(触れると、完璧に殺してしまう)。惹かれあう男女が手を握ることすら許されないという設定は、セックスとバイオレンスに満ちたTVドラマ界において、なんともロマンティックだ。
今後、パイロット版と同等のクオリティが維持できるのならば、「Pushing Daisies」は大ヒットすると思う。お気に入りの番組がひとつ増えて、今はとても幸せな気分だ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi