コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第88回
2007年4月9日更新
このところ、スティーブン・キングの大長編「ザ・スタンド」にはまっている。こんなことを書くと、本好きの人の失笑を買ってしまうに違いない。なにしろ、人類滅亡を壮大なスケールで描く同作は、ファン投票でも常にナンバーワンに選ばれるキングの代表作であり、20世紀アメリカ文学の最高傑作のひとつと言われるほどの有名作品だからだ。しかし、熱心な読書家とは決して言えないぼくは、その圧倒的なボリューム――だって、文庫版で全5冊もあるのだ――を前に、怖じ気づいていたのである。
それでも挑戦を決意したのは、テレビシリーズ「LOST」の影響である。米エンターテインメント・ウィークリー誌のインタビュー記事で、「LOST」のクリエイターであるJ・J・エイブラムスとデイモン・リンデロフが、シリーズ立ち上げの際に「ザ・スタンド」のキャラクター構成を参考にした、と告白していたからだ。「LOST」ファンとしてはその元ネタに興味が湧いたし、なにより、気鋭のストーリーテラーたちが共通言語として挙げる文学作品を知らないようでは、さすがにまずいんじゃないかと猛省したわけである。
「ザ・スタンド」は、疫病で国民のほぼすべてが死滅したアメリカを舞台にしている。奇跡的に一命を取り止めた生存者たちの物語が複数の視点で描かれていく点は、まさに「LOST」である。生存者が平凡な人たちで構成されている点も同じだし、ロックミュージシャン、妊婦、技術屋、超能力を持った子供など、まったく同じタイプまで登場する。見えざる手によって、導かれていくという展開までもが同じだ。
こじつけを含めれば、ほかにいくらでも共通点を見いだすことができるだろうけれど、「ザ・スタンド」と「LOST」が同じかというと、それは違う。「ザ・スタンド」の物語は、スティーブン・キング氏が自ら明かしているように、後半に進むにしたがって「指輪物語」に近くなっていくし、そもそも2作が酷似していたら、キング氏が「LOST」の熱狂的なファンになっているわけがない。言ってみれば、2つの作品はスタート地点こそ同じでも、辿るコースはまったく違うのだ。
手に汗握るオープニングから、ぼくはたちまち「ザ・スタンド」の虜になった。共感できるキャラクターたちが、突拍子もない事態に遭遇し、葛藤に苦しんでいく長大なドラマは、「LOST」の鑑賞体験から得られる感動と非常に似通っていて、しかも、ずっと深い(そのかわり、「LOST」のようなミステリーの要素は希薄だが)。
「LOST」を見ていなかったら、「ザ・スタンド」に一生出会わなかったかもしれないと考えると、ちょっと怖い気がする。「LOST」を見始めたのは、J・J・エイブラムスが手がけた「エイリアス」のファンだったからであり、そもそも「エイリアス」を見ることになったきっかけは、主演のジェニファー・ガーナーに、映画「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」で取材する機会があったからだ。こうした好みの連鎖はとても楽しい。「ザ・スタンド」が自分をどこに連れていってくれるのか、いまから楽しみだ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi