コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第87回
2007年3月7日更新
アカデミー賞が終わった。マーティン・スコセッシの監督賞は規定路線だとしても、まさか「ディパーテッド」が作品賞を取るとは思わなかった。ノミネートされているなかで一番のヒット映画とはいえ、リメイクに作品賞をやるとはアカデミー会員も寛容なものだと思う。もっとも、アカデミー賞中継のナレーターでさえ、「ディパーテッド」を「日本映画のリメイク」だなんて紹介していたから、リメイクであること自体、知らない人が多いのかもしれない。
今回の授賞式で、個人的に嬉しかったのは「パンズ・ラビリンス」の3部門受賞(撮影賞・美術賞・メイクアップ賞)だった。今年のアカデミー賞では、「バベル」(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督)、「トゥモロー・ワールド」(アルフォンソ・キュアロン監督)、「パンズ・ラビリンス」(ギレルモ・デル・トロ監督)と、メキシコ人監督が手がけた3作品が計16ものノミネートを獲得したことが話題で、「硫黄島からの手紙」のノミネートと合わせて、国際色が豊かになったオスカーの象徴となっていた。蓋を開けてみれば、外国勢の受賞はほとんどなかったのだが、「パンズ・ラビリンス」だけは気を吐いた。3部門受賞は最多受賞をした「ディパーテッド」の4部門に続く成績であり、外国語映画としては快挙である。
ギレルモ・デル・トロ監督の「パンズ・ラビリンス」は、01年の「デビルズ・バックボーン」と同様、スペイン内戦時代を舞台に、子供の視点で描かれている。主人公は、レジスタンス活動で父を失った少女オフィリア。身重の母に連れられて、母の再婚相手となる将校がいる田舎の駐屯地に引っ越してくる。義父から冷たくあしらわれ、居場所のないオフィリアは、庭に作られた迷路を発見する。それは、ファンタジーの世界への入り口だった。パンと名乗る迷宮の守護神はオフィリアをみて、かつて魔法の王国から地上に出ていった王女の生まれかわりに違いない、と言う。しかし、彼女がそれを証明するためには、3つの試練をくぐり抜けなければいけない。かくして、オフィリアは心の準備もないままに、不可思議な試練を受けていくことになる――。
ロールプレイングゲーム的な展開だが、物語がファンタジーの世界に留まらないところが、「パンズ・ラビリンス」の魅力だろう。現実世界では、病床に臥す母親やレジスタンス活動を密かに支援している家政婦、残虐行為を繰り広げる義父などのシリアスな歴史ドラマが展開し、やがてオフィリアはファンタジーの世界だけでなく、現実世界でも怪物と対峙することになるのだ。
日本公開はもう少し先になるけれど、ファンタジーなんて子供だましだと思っているシニカルな人にこそ観て欲しいと思う(ぼくも、そうだった)。映画の魔法にかかる楽しさを思い出させてくれる、大人のためのファンタジー映画だ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi