コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第60回
2004年12月2日更新
昔からそうなのだが、いい映画を観るとどうしても人に紹介したくなってしまう。
「Mr.インクレディブル」のように大規模公開される大作映画については自分の出る幕はないと思って自制するのだが、日本での公開日も決まっていないような小規模作品だと、どうしても肩入れしたくなってしまう。このコーナーでご紹介したミシェル・ゴンドリー監督の「エターナル・サンシャイン」とリチャード・リンクレーター監督の「ビフォア・サンセット」はいまだに今年の個人的ベストムービーなのだが、最近、ベスト3にランクインする傑作に巡り会うことができた。「ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!」(それにしても、ひどい邦題だ)や「アバウト・シュミット」などで知られるアレクサンダー・ペイン監督の最新作「Sideways」というコメディ映画だ。公開日はおろか、日本配給されるかも微妙な作品なだけに、この場をお借りして、ぜひとも紹介させてください。
主人公は、作家志望の中年マイルス(ポール・ジアマッティ)と、売れない役者のジャック(トーマス・ヘイデン・チャーチ)の2人。学生時代からの親友である2人は、ネクラ(マイルス)と脳天気(ジャック)と性格こそ正反対だけれど、どちらも40を過ぎて、たくさんの挫折と絶望を体験し、人生に期待を抱いていないという点は同じである。
ジャックが1週間後に結婚することになり、ワイン通のマイルスは自分からのお祝いとして、2人でカリフォルニアのワイナリー・ツアーに出かけることを提案する。ワインには全く興味のないジャックだったが、旅先で独身最後の女遊びが出来ると期待して誘いに乗る。かくして中年男2人は、ワイナリー巡りに出て行くのだった。
男同士の友情やワインのうんちく、乱痴気騒ぎなどを描きながらも、物語の中心は実は、マイルスのピュアなラブストーリーである。ルックスに恵まれず、人生で数え切れないほどの傷を負ってふさぎ込んでしまった中年男(映画のワンシーンで、マイルスは自らをデリケートな葡萄品種ピノ・ノワールに例えてみせるほどだ)が、再び恋愛に身を投じるまでの物語。これまでシニカルな笑いを得意としてきたペイン監督だけど、「Sideways」でのまなざしはとても優しい。
ぼくはグルメでもワイン通でもないのだけれど、極上のワインを飲んだら、この映画を見たときのような気分がするのだろう。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi