コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第46回

2003年10月2日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE
「ロスト・イン・トランスレーション」
「ロスト・イン・トランスレーション」
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ここ1週間、取材が続いている。ニューオリンズでジョン・グリシャム原作の「ランナウェイ・ジュリー」という映画のジャンケットに参加したあと、ロサンゼルスで「キル・ビル」のテレビ取材(タランティーノ監督は相変わらずハイパーだった)、そのあと、ピクサー・スタジオを見学するため、サンフランシスコに出張である。それぞれ面白い取材で、それなりの手応えを覚えていたのだけれど、「ロスト・イン・トランスレーション」という映画を観たとたん、充実感は吹っ飛んでしまった。

ご存じの方も多いと思うけれど、「ロスト・イン・トランスレーション」という映画は、ソフィア・コッポラの監督第2作だ。CM撮影のために来日したベテラン俳優(ビル・マーレイ)と、多忙な夫に相手にされない新妻(スカーレット・ヨハンスン)がホテルのバーで出会い、年の差を超えた友情関係を築くという、一種のラブストーリーである。

撮影中のソフィア・コッポラ監督(右)
撮影中のソフィア・コッポラ監督(右)

日本を舞台に繰り広げられるこの物語を観て、機嫌を損ねる人もきっといると思う。日本の描き方はステレオタイプ的だし、差別的なジョークもある。でも、ぼく自身はたいして気にならなかった。誇張はしているけれど、日本を描いたアメリカ映画としては、正直な描写をしていると思うからだ(もっとひどい映画はいくらでもあるし)。

ぼくの心をかき乱したのは、実は、この映画のテーマそのものなのだ。

「ロスト・イン・トランスレーション」は、時差ボケとカルチャーギャップに悩まされる主人公を描くトラジコメディである。外国生活をしているぼくにとっては、これだけでも感情移入できるテーマなのだけれど、この映画が秀逸なのは、地理的な喪失感に、精神的な挫折感をしっかりだぶらせていることだ。高額のギャラにつられてのこのこやってきた主人公は、激しい自己嫌悪に陥っている。ロサンゼルスに残してきた妻には恋愛感情は一切ないが、子供たちには未練はある。そんな彼が出会うのは、結婚しても満たされず、人生に目的も見いだせない20代の女の子だ。2人は、「エキゾチック」な夜の東京に繰り出していく。その冒険の先には、素晴らしいものが待ち受けていると信じて――。

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不安定な手持ちカメラでゆったりと語られるラブストーリーは、ときにおかしく、常に切ない。安易な結末を避けつつも、それなりの幸福感を与えるエンディングのさじ加減も抜群である。「ヴァージン・スーサイズ」のときには判断出来かねたが、もう疑う余地はない。ソフィア・コッポラは、独自のボイスを持った優れた映画作家だ。

「ロスト・イン・トランスレーション」を、ムードだけの映画だと批判する人もいるだろう。でも、外国で喪失感と挫折感を抱えているぼくにとって、そのムードはリアルすぎるほどリアルだった。忙しくすることで鈍らせていた感覚を、「ロスト~」には鋭く突かれてしまった。やれやれ。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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