コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第351回
2024年4月9日更新
ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
劇場映画と動画配信が共存する方法は? 「ロードハウス 孤独の街」「デューン 砂の惑星 PART2」を事例に読み解く
はるか昔のことのように感じられるけれど、コロナ禍においてアメリカで映画館文化が絶滅する可能性が真剣に論じられたことがある。感染予防のために劇場閉鎖が長期に及んだことに加えて、動画配信サービスがコンテンツをますます拡充させていたためだ。幸い、映画館は持ちこたえたものの、いまだ完全回復からはほど遠い。「トップガン マーヴェリック」という救世主が現れたかと思えば、期待の超大作が相次いで不発に終わり、業績がぱっとしない企業の株価のような状態が続いている。
ただ、小康状態を数年経たいま、映画館と動画配信が共存する道が見えたと個人的には思っている。教材となるのは、いずれも2024年3月に封切られた「ロードハウス 孤独の街」と「デューン 砂の惑星 PART2」だ。
「ロードハウス 孤独の街」は、1989年のパトリック・スウェイジ主演のカルト映画のリメイクで、酒場の用心棒を主人公にしたアクション映画だ。リメイク版はジェイク・ギレンホールが主演、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」「ボーン・アイデンティティー」のダグ・リーマン監督がメガホンを取っている。
本作は以前からアマゾンのオリジナル映画として3月21日にPrime Videoで世界配信されることが決まっていた。だが、今年1月にリーマン監督はアマゾンに劇場公開を求める意見書を米Deadlineに寄稿。要点をまとめると、本作はもともとMGMの劇場映画として企画されたものであり、2022年にアマゾンがMGMを買収したことによって状況が悪化。アマゾンは本作を配信のみとすることで、劇場文化やクリエイターたちの努力や正当な対価を受け取る権利を踏みにじっているというものだ。その抗議として、3月のサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)でのワールドプレミアを欠席すると宣言している。
リーマン監督の言い分を読む限り、先の米脚本家組合と米俳優組合のダブルストライキと同じ、強欲な動画配信会社と搾取されるクリエイターたち、というお馴染みの構図が浮かび上がる。
だが、あいにく現実はリーマン監督の主張とは異なる。ジェイク・ギレンホールらによると、本作品にゴーサインを出すにあたり、アマゾンは劇場公開なら6000万ドル、Prime Video独占なら7500万ドルという製作費を提示した。そして、ギレンホールら主要人物(もちろんリーマン監督を含む)は後者を選択したというのだ。
つまり、アマゾンが劇場公開用に作った作品を強引に動画配信に変更したわけではないのだ。リーマン監督は劇場公開に思い入れがあり、良い作品に仕上げさえすれば、アマゾンは劇場公開に切り換えてくれると思い込んでいたようだ。なお、その後、リーマン監督は事実関係を問いただされ、SXSWに出席している。
もうひとつの教材は「デューン 砂の惑星 PART2」だ。劇場のみで公開された本作は、すでに北米興収2億6500万ドル(世界総興収は6億6500万ドル)を突破している。前作は北米ではHBO Max(現Max)で同時配信されたため北米興収は1億1000万ドルにも満たなかったが、すでに倍以上の成果をあげている。前作のハイブリッド上映が誤りであったことを証明している。
さらに興味深いデータがある。「デューン 砂の惑星 PART2」の北米のオープニング成績は9700万ドルだったが、その48%はIMAXなどのプレミアム・ラージ・フォーマット(PLF)上映からだった。実際、オープニング成績におけるIMAX上映館からの興収は1850万ドルもあった。通常スクリーンと比べてIMAX館ははるかに少ないから、チケット代が高価であることを差し引いても、驚異的な数字だ。
ぼく自身、同作のIMAX上映の人気がすごすぎてチケットがしばらく確保できなかったほどだ(ちなみに先日、IMAXの70ミリフィルム上映を観賞した)。
ハリウッドの映画興行成績にムラがあるなかで、「デューン 砂の惑星 PART2」が気を吐いているのは、一言で言えば、自宅では味わえないプレミアムな体験を与えてくれるためだ。壮大で独創的な物語世界を、前作でもアカデミー賞を受賞した超一流のスタッフたちが時間とお金をたっぷり注いで丁寧に作り上げている。ドゥニ・ビルヌーブ監督のストーリーテリング術もこれまで以上に研ぎ澄まされている。
インフレでチケット代からガソリン代、駐車代、ポップコーン代も高騰しているが、このような作品だったら、映画ファンは出費を惜しまない。それどころか、最高の映画体験のためにPLF上映を選択する。これは昨年IAMXでもロングラン上映された「オッペンハイマー」が大ヒットした理由の説明にもなる。
それに引き替え、ダグ・リーマン監督の「ロードハウス 孤独の街」はそこまでの価値を提供しない。決してつまらない作品ではないし、演技も映像も素晴らしい。でも、オリジナル同様、中身がスカスカだ。以前ならある程度は観客を呼び込めただろうが、動画配信に映像コンテンツが溢れているいま、わざわざ時間とコストを払う価値はない。動画配信や飛行機上映で楽しむのにぴったりの作品で、アマゾンは正しい選択をしたと思う。
2013年、スティーブン・スピルバーグとジョージ・ルーカスは南カリフォルニア大学映画学部で行われたパネルディスカッションで、ハリウッドの未来についてあれこれ語っていた。そのなかで、ルーカスは以下のように述べていた。
「超大作が巨大スクリーンで上映され、料金も跳ね上がる。ほかのすべての作品はすべて小さなスクリーンで視聴されることになる」
彼らが10年以上前に予言していた未来がすでに到来しているのだ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi