コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第304回
2020年9月18日更新
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
Withコロナで変わるラブシーンの描写方法
映画制作は問題解決の連続だ。主人公をA地点からB地点にどうやって移動させるか、といった物語上の課題から、役者やスタッフのスケジュール、ロケーション、予算に至るまで対処しなくてはならない課題が山積みだ。そして、どれだけ周到に準備を行ったとしても、程度の差こそあれ必ずトラブルが発生するものだ。季節外れの台風がやってきたり、役者の体調が優れなかったり。大勢のスタッフが関わり、労働時間は長く、移動や外での撮影も多い。不確定要素が多いから、トラブルを完全に避けることなど不可能だ。
現場を率いる監督の役割のひとつは、問題に直面したときに素早く代替案を選択することだ。パニックになったり、誰かを責めたりしても、事態は解決しない。それどころか、大金をドブに捨てることになる。役者、スタッフ、機材、セット、トラック、クラフトサービスと、現場で自分を取り囲むものすべてに金がかかっている。思い描いていたものが実現不可能だと悟っても、いまあるものをいかして、映画を完成に近づけなくてはいけない。監督に嘆いている暇はないのだ。
こうした試練が、より良いものを生み出すきっかけとなる場合もある。上に例として挙げた、役者の体調が優れなかった事態は、「レイダース 失われたアーク(聖櫃)」(1981)のエジプトロケで実際に起きた。その日はムチの使い手であるインディ・ジョーンズと、刀剣の達人とのアクションシーンが予定されていた。だが、撮影がスケジュールより遅れているうえに、インディ役のハリソン・フォードの体調が優れない。そこでスティーブン・スピルバーグ監督は、インディがムチを使わず、刀剣の達人を銃であっけなく倒す展開に書き替えた。そのおかげで、あっという間に撮影が終わったうえに、意外性に満ちたコミカルな展開が映画史に残る名シーンとなった。
さて、いま世界の映画監督は新たな問題を突きつけられている。原因はもちろん新型コロナウイルスだ。
Withコロナの映画・ドラマ撮影に関して各国が独自のルールを設けているが、欧米では隔離した空間で、社会的距離を保ち、少人数で行う点が共通している。PCR検査に関しては、実施頻度は異なるものの、キャストやクルーは定期的に検査を受けることになる。
こうした新たな撮影様式に、監督たちは調整を強いられている。たとえば、取っ組み合いのアクションは社会的距離を保つために銃撃戦に差し替える。飛沫を飛ばして怒鳴り合うような場面では、それぞれを別撮りして、あとで合成すればいい。手間や時間がかかるが、こなせないことはない。
だが、キスシーンはどうすればいい? ベッドシーンは? コロナ禍を舞台にしたラブストーリーなら、役者にマスクやフェイスガードをつけさせたままでもいいだろうが、対象となるのはごく一部だろう。
ラブシーンまでいかなくても、恋人たちが手を繋いだり、腕を組んだりという軽いボディタッチも出来ない。おそらく監督たちは頭を抱えているはずだ。こんな状態でどうやって映画を撮れというのだ!
そんななか、イギリスの監督組合であるDirectors UKは、「Intimacy in the Time of COVID-19」(新型コロナ時代における性的関係描写)というガイドラインを発表した。副題は、「Directing Nudity and Simulated Sex」(ヌードと模擬セックスの演出方法)と、そのものずばりである。
このなかで、たとえば望遠レンズの使用が提案されている。望遠レンズの圧縮効果を利用すれば、社会的距離を保った役者たちが、画面上は接近しているように映る。アクション映画でよく用いられるテクニックを、ラブストーリーに応用しようというわけだ。
もしも、役者同士が触れあうことを避けられないのであれば、あらかじめ役者サイドの承諾を得ることや、感染した場合に備えて、その場面の撮影をスケジュールの終わりのほうに持っていくことを薦めている。
ちなみに、一足先に映画製作を再開させたスウェーデンとデンマークが作成した「ノルディック・フィルム・ガイド」は、接触場面の撮影では役者の実生活の恋人や配偶者に代役を務めてもらうことを薦めている。だが、Directors UKはこの案に懐疑的だ。役者の実生活の恋人みんなが、体の一部分だけにせよ、映画やテレビでの露出を許可するとは考えにくいし、そもそも体格や肌の色は千差万別だから、代役が務まる可能性が低いからだ。
むしろ、肉体的な親密さを描く必要があるのか自問すべきだと、イギリスのガイドラインは訴える。ラブストーリーにおいて、得てして観客の感情が盛り上がるのは、恋人たちのあいだに肉体的な繋がりが起きるまでの課程だ。だから、その部分の心理描写に力を入れて、肉体的な描写を省略したり、暗示したりするほうが効果的だと監督たちに訴える。その具体例として、「或る夜の出来事(1934)」や「カサブランカ」といった古典映画を挙げている。
新型コロナウイルスは、ただでさえ困難だらけの映画制作のハードルをさらに高くした。でも、「レイダース 失われたアーク(聖櫃)」の例のシーンのように、困難に遭ったからこそ、より良いアイデアが生まれることがある。新型コロナウイルスによって、新たなラブシーン描写が生まれることを期待したい。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi