コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第303回

2020年9月2日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。


コロナ禍で尽力する映画人ショーン・ペン 100万人以上に無料でPCR検査を提供

インタビューを受けるショーン・ペン
インタビューを受けるショーン・ペン

この原稿を執筆している時点で、アメリカの新型コロナウイルスの感染者数は477万人を突破している。全50州のなかでカリフォルニア州の感染者数は52万人と最悪で、なかでもロサンゼルスは19万5000人と突出している。つまり、ぼくは世界で最悪の感染地帯に暮らしていることになる。

非常事態宣言が出された3月中旬から極力外出を控えている自分にとっては代わり映えのしない日々が続く一方で、毎日、ニュースは大統領や政治家の愚かな言動や、逼迫(ひっぱく)した医療機関の窮状や新型コロナウイルスによって命を落とした人々の悲劇を伝えている。

だが、今回はあえて明るい側面について触れたいと思う。

コロナ禍のロサンゼルスでうまくいっている点があるとすれば、充実した検査態勢だ。PCR検査の予約はネットで簡単に取れるし、無料で受診できる。ドライブスルー形式の検査場が近所に数カ所あるし、ドジャー・スタジアムの駐車場には全米最大の検査場が設置されている。ここでは1日6000人まで対応できるという。

PCR検査だけにせよ、新型コロナウイルス対策がここまでスムーズに進んだことにぼくは驚いている。なにしろ、アメリカは公共サービスがひどく不便だ。免許取得や自動車登録のために陸運局(DMV)に行くときは半日は潰れることを覚悟しなきゃいけないし、医療保険制度がひどく複雑だから、症状が軽いときは病院にいくのを我慢するくらいだ。平時でもこんな感じだから、未曾有のパンデミックの大混乱のなかで検査体制が整ったのは、奇跡のように思えた。

ドジャー・スタジアム駐車場をPCR検査のために使用
ドジャー・スタジアム駐車場をPCR検査のために使用

実は、この検査態勢の確立には、俳優のショーン・ペンが立ち上げたCORE(Community Organized Relief Effort)という非営利団体が大いに貢献している。ペンといえば、映画ファンにとっては「ミスティック・リバー」でオスカーを受賞した個性派俳優であり、「インディアン・ランナー」「クロッシング・ガード」などの映画作家である。ゴシップ好きの人にとってみれば、かつてはマドンナの最初の旦那、いまは31歳も年下の女性と結婚したおじさんとして認識されているかもしれない。だが、過去10年にわたり、ペンが人道支援活動に情熱を傾けていることは意外と知られていない。2010年のハイチ地震の被災者支援をきっかけに、COREの前進であるJPHRO(J/P Haitian Relief Organization)を立ち上げ、プエルトリコやニューオーリンズなど、自然災害に遭った低所得者層が多く住む地域の人々を支援する活動を続けている。

今回のPCR検査の拡充も、コロナという「自然災害」からアメリカの低所得者のコミュニティを守りたいという動機に基づいている。すべての人に無料で検査を提供し、感染者を隔離することで、多くの命を救うことができると考えているからだ。

このたび、ぼくが所属するハリウッド外国人記者協会は、ペンにビデオを通じて取材をする機会を得たので、COREの活動から新型コロナウイルス後のアメリカ像まで話を聞かせてもらうことができた。今年3月、新型コロナウイルスが流行し始めたころ、COREが災害救援組織としてのインフラを提供すべきだと考えたと、彼は言う。

「だが、感染症に関してはハイチでのコレラの流行しか経験がなかったので、ありとあらゆる面で調整が必要になった。まずは(カリフォルニア州の)ギャビン・ニューサム知事のところに行き、その後、(ロサンゼルスの)エリッック・ガルセッティ市長や消防局と会うことになった。副市長がすでに検査場の準備をはじめていて、それぞれの検査場には20~25人の消防士が配属されることになっていたので、自分たちでボランティアを集め、訓練を施すことにした。最初は世界中に散らばっている平和部隊(米国支援による民間ボランティア組織)の人たちに声をかけて、彼らを訓練した。消防士たちの負担を減らし、彼らが通常の救命業務につけるようにね。検査数を増やしていくのは試行錯誤の連続だった。いくつかの助成金を得たことがきっかけで、ロサンゼルス以外のカリフォルニアの別のコミュニティにも検査場を拡大していくことができた。その後、(ツイッターの)ジャック・ドーシーCEOの慈善団体Start Smallからの2000万ドルの助成金を受け取り、アメリカの8都市に展開することができたんだ」

フットワークの軽さが、ペンの持ち味だ。ハイチのときも、地震発生から数日後には現地に乗り込んでいた。今回も、最初の検査場を3月20日にオープンさせている。だが、すべての時間を人道支援活動に割けるわけではない。俳優や監督としての仕事も継続しており、いまは監督・主演作「フラッグ・デイ(原題)」のポストプロダクション中である。

COREのCEOとして指揮を執るのは、ハイチで知り合った韓国系アメリカ人のアン・リーさんだ。OCHA(国際連合人道問題調整事務所)に所属していた緊急人道支援のプロである彼女を引き抜き、CEOの立場を譲ったという。現在、COREはジョージア、シカゴ、ノースカロライナ、ニューオーリンズ、ニューヨーク、ワシントンDC、ナバホ族の保留地などでもサービスを展開しており、すでに100万人以上の検査を実施。800人のボランティアを抱えている。

「フルタイムのスタッフは、毎日起きては防護服を着て、ホットゾーンに入り、1日中暑い駐車場に立っている。彼らの姿には感銘を受けるよ」

Black Lives Matter運動にも言及
Black Lives Matter運動にも言及

自らを現実的な楽観主義者と呼ぶペンは、新型コロナウイルス後の世界をどう見ているのだろうか?

「人類は生き残るだろうが、長期的に見て、アメリカが生き延びることができるかどうかわからない。(大統領選挙のある)11月が再生のきっかけとなることを祈っている。ベトナム戦争の10年間で5万8000人もの若い命が失われ、それから長い間にわたり、多くの人々が直接的、間接的に苦しむことになった。今回はたった5カ月で14万2000人(※取材時)もの人々が命を落とした。圧倒的な死亡者数や経済的打撃、政治的/社会的分断が引き起こす損害から復活を遂げるのは決して簡単なことではない。 ブッシュ政権時代にブルース・スプリングスティーンのコンサートに行ったことがあるんだ。そのとき、彼は観客に向かって『アメリカよ、我々は長い道のりを歩んできたが、いまは逆行している』と言い放った。いまもまったく同じ状況で、醜悪な人種差別が復活している。だが、人々が新型コロナウイルスのワクチンを待ち望んでいるあいだ、Black Lives Matterというムーブメントが生まれ、人種差別へのワクチンの役割を果たしている。もしこの方向を維持できれば、人種差別を終わらせることができるし、そんなことが実現できればほかのすべてのことも復活させられると思うよ」

ちなみに、取材のときにペンが着ていたTシャツには、「Actually I am in Havana」(訳:実はいまハバナにいる)と書かれていた。実際、COREはいまもハバナで復興支援活動を行っている。世間の注目を集めるためでなく、支援を必要とする人たちが完全に立ち直ることができるまで、いつまでも支援するというペンの信念が伝わる一言である。こんな人がいるかぎり、この国はきっと大丈夫だ。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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