コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第291回

2018年4月9日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

第291回:静寂がサスペンスをあおる異色のホラー「ア・クワイエット・プレイス」、人気女優の夫が監督として開花

ホラーは必ずしも得意なジャンルではないのだけれど、全米興収ランキング1位でデビューを飾った「ア・クワイエット・プレイス(原題)」はかなりの良作だった。

画像1

本作は、文明が崩壊したアメリカで暮らす家族の物語だ。家族のあいだに会話はなく、意思疎通は手話で行われる。靴音が響かないように素足で歩き、機械音を立てる家電を使うこともない。物音を立てないことに神経質すぎるほどにこだわっているわけだが、やがてその理由が明らかになる。周囲には凶暴なエイリアンが徘徊しており、彼らはその鋭敏な聴覚を駆使して襲ってくるのだ。物音さえ立てなければ平気だが、一家は幼い子どもたちを抱えているうえに、妻は出産を控えている。果たして彼らは生き残ることができるのか、というストーリーだ。

画像2

よくあるエイリアン襲来ものなのだが、音だけに反応するエイリアンという設定が新鮮だ。主人公たちが音を立てないことに細心の注意を払っているから、通常のハリウッド映画ではありえないほど物静かだ。大音量の効果音で脅すのではなく、静寂の持つぴりぴりとした緊張感でサスペンスを煽っていく。

さらに、主人公を子供や若者ではなく、子供を持つ親にしたのがいい。いつどこから襲ってくるか分からないエイリアンが蔓延る絶望的な世界で、親たちは子供を守らなければならない。彼らが直面する状態は、不確かで暴力的な世の中で子育てをする親たちが抱える不安のメタファーとなっている。

本作の最大の功労者は、俳優として知られるジョン・クラシンスキーだ。テレビドラマ「ザ・オフィス」でブレイクした彼は、その後コンスタントに映画に出演しているものの、妻が人気女優のエミリー・ブラントのためかあまり注目されていない。しかし、マット・デイモン主演「プロミスト・ランド」の共同脚本を手がけるなど、クリエイターとしての才覚を表しており、本作では主演のみならず、脚本、監督を担当。2児の父親である自分が持つ不安を、この物語に注ぎ込んだという。

画像3

映画初共演を果たした妻エミリー・ブラントとの相性も抜群である。ホラー映画に求められる要素をきちんとクリアしつつ、深みのある人間ドラマに昇華させた手腕はただものではない。今後ハリウッドで重用される映画監督になりそうだ。

ア・クワイエット・プレイス(原題)」の日本公開は2018年秋を予定している。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

Amazonで今すぐ購入

映画ニュースアクセスランキング

本日

  1. 森且行、子ども時代を兄と振り返る「オートレーサー森且行 約束のオーバル」本編映像

    1

    森且行、子ども時代を兄と振り返る「オートレーサー森且行 約束のオーバル」本編映像

    2024年11月17日 12:00
  2. 【「グラディエーターII 英雄を呼ぶ声」評論】うわべだけの続編にあらず、前作が持つ戦いの哲学が宿っている

    2

    【「グラディエーターII 英雄を呼ぶ声」評論】うわべだけの続編にあらず、前作が持つ戦いの哲学が宿っている

    2024年11月17日 07:00
  3. ガイ・リッチー新作にカンバーバッチ、ロザムンド・パイク、アンソニー・ホプキンス

    3

    ガイ・リッチー新作にカンバーバッチ、ロザムンド・パイク、アンソニー・ホプキンス

    2024年11月17日 10:00
  4. 広瀬すず、父のように慕うリリー・フランキーと親子役!でも、共演は1シーン? 「クジャクのダンス、誰が見た?」1月スタート

    4

    広瀬すず、父のように慕うリリー・フランキーと親子役!でも、共演は1シーン? 「クジャクのダンス、誰が見た?」1月スタート

    2024年11月17日 05:00
  5. 【「ぼくとパパ、約束の週末」評論】推しのサッカーチームを発見する旅。しかし、その基準はサッカーファンのそれではない

    5

    【「ぼくとパパ、約束の週末」評論】推しのサッカーチームを発見する旅。しかし、その基準はサッカーファンのそれではない

    2024年11月17日 09:00

今週