コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第270回
2016年5月11日更新
第270回:三流弁護士が悪の道に 海ドラ「ベター・コール・ソウル」の魅力を分析
米ドラマ「ベター・コール・ソウル」が素晴らしい。シーズン1のときは、傑作「ブレイキング・バッド」のスピンオフとして発足したこともあって、視聴者のほうに過度な期待があったし、作り手のほうも独自のスタイルを確立するのに試行錯誤していたように感じられた。しかし、今春放送されたシーズン2は、「ブレイキング・バッド」とはストーリーやムードが違っていながらも、同様のクオリティに到達しているのだ。後付けで生みだされたオマケのような企画が、ここまで独創的なドラマになろうとは、製作総指揮のビンス・ギリガンとピーター・グールドにだって想像できなかったに違いない。
「ベター・コール・ソウル」の主人公は、三流弁護士のジミー・マクギル(ボブ・オデンカーク)だ。口達者で道徳観のゆるい彼は、ボロ車に乗り、ネイルサロンの奥に事務所を構えている。だが、今シーズンではひょんなきっかけから、一流弁護士事務所に招聘されることになる。社用車としてベンツが提供され、広いオフィスにはココボロ材のデスクが用意されるなど高待遇で迎えられた彼だが、当の本人はハッピーになれない。悪知恵の宝庫で軽いフットワークを誇るジミーにとっては、格式張った一流事務所の勤務スタイルは窮屈でしかないのだ。それでも恋人のキムと、敏腕弁護士である兄チャックの期待にこたえようと我慢するものの、やがて物語は意外な方向に展開してしまう、というのがシーズン2のあらすじだ。
「ブレイキング・バッド」は善良な教師がドラッグ精製に手を出すという展開だったから、いつ周囲にバレるかわからないという緊張感が張り詰めていた。それに引き替え「ベター・コール・ソウル」は、もともとぱっとしない弁護士が犯罪に手を染めていくという展開だから、ギャップが少なく、はっきりいって地味だ。でも、そのぶん、ありったけの哀愁とユーモアが盛り込まれているし、「ブレイキング・バッド」にない魅力がひとつある。
このシリーズは「ブレイキング・バッド」以前の時代を舞台にしているので、主人公の未来がすでに明らかになっているのだ。ジミー・マクギルはやがて改名し、うさんくさい凄腕の犯罪弁護士ソウル・グッドマンに成長する。だから、「ベター・コール・ソウル」でジミーが窮屈な生活を強いられているのを見ると、はやく平凡な人生を捨てて才能を羽ばたかせればいいのにと思う一方で、いまある善良な部分は失わないで欲しいと願わずにいられない。将来の姿が明らかになっているからこそ、複雑な余韻を与えてくれるのだ。
シーズン3が今から待ち遠しい。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi