コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第237回
2013年9月11日更新
第237回:今年のトロント映画祭は“カンバーバッチ・イヤー”
トロント映画祭でオープニング作品となる「The Fifth Estate」を観た。内部告発情報を公開するウェブサイト、ウィキリークスが題材で、元メンバーのダニエル・ドムシャイトーベルグ(ダニエル・ブリュール)の視点で内幕が描かれている。天才ハッカー、ジュリアン・アサンジとの出会いから袂を分かつまでの数年間に及ぶ友情が、イラク戦争の民間人殺傷動画やアメリカの外交公電の公開などの重大事件と平行してスリリングに展開する構成となっている。ウィキリークスに詳しくない人にも、経緯と問題点が分かりやすく描かれている一方で、物足りないと感じる人がいるかもしれない。
ただ、ジュリアン・アサンジに扮したベネディクト・カンバーバッチの演技に関しては、誰もが絶賛している。現存の人物を演じるのはどんな役者にとってもハードルが高いが、カンバーバッチは外見から話し方まで徹底的にこだわり、アサンジのエッセンスを完璧に体現している。
カンバーバッチはメディアで描かれているような一面的な描写ではなく、三次元のリアルなキャラクターを目指したという。
「ベネディクトはイギリスの名優たちと同じように、外面から役作りをするんだ」と、ビル・コンドン監督は証言する。「まずはカツラを試し、次に入れ歯を入れて、話し方を真似てみる。話し方だけでも、準備に何カ月もの時間を費やしたほどで、リハーサルがはじまるころには、日常会話も政治的な内容になっている。しかも、ジュリアン的な視点で社会情勢について語ってみせるんだ。撮影中は、ジュリアン本人と仕事をしているような気がしたほどだよ」
カンバーバッチの出演作は、3作品がトロント映画祭に出品されている。「The Fifth Estate」に加えて、メリル・ストリープとジュリア・ロバーツが共演する有名舞台劇の映画化「August: Osage County(原題)」と実話に基づいた奴隷ドラマ「12 Years A Slave(原題)」だ。
「あまりの幸運に戸惑っているほどだよ」とはカンバーバッチ。「トロント映画祭に招待されるのもはじめてなのに、3つの作品に出演させてもらっているんだからね。とても、とてもハッピーだ」
「August: Osage County」と「12 Years A Slave」でのカンバーバッチの出演時間は、「The Fifth Estate」よりもずっと少ないものの、いずれもまったく違ったキャラクターを演じている。今年のトロント映画祭は、カンバーバッチ・イヤーと言えるだろう。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi