コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第228回
2013年6月17日更新
第228回:映画館がリビングに アメリカで話題のダイン・イン・シアターとは?
最近、富裕層向けのホームシアターシステムが話題を集めている。Prima Cinemaという会社のシステムを導入すると、劇場公開中の新作映画を家庭で視聴することが可能になるという。設置料金は3万5000ドル、映画1本あたりのレンタル料が500ドルと、かなり高額だけれど、最近、巨大スクリーンで知られるIMAXも、ホームシアター業界に参入してきたことから――設置費用はなんと200万ドルだ――、それなりの需要はあるのだと思う。
僕にはとてもそんな予算はないけれど――そもそも自宅にはIMAX劇場が収まるスペースなんてない――、家庭を映画館にしようとする人の気持ちはよく分かる。日本ではたぶん違うだろうけれど、アメリカでの映画鑑賞はなにかとストレスが溜まるのだ。
まず、観客のマナーが悪い。上映中にお喋りを続ける客や、スマートフォンでテキストメッセージやツイートをする客もいる。週末の夜など劇場が混み合っているときは他の客が注意してくれるが、混雑時には売店もトイレも大行列になるというデメリットがある。
さらに、チケット代が高い。ちょっと前までは7ドルくらいで映画を見ることができたのに、いまでは15ドル前後だ。軽食やドリンクもびっくりするほど高く、一家で映画に出かけたらかなりの出費を迫られることになる。どうせ金を払うなら、わざわざ映画館で嫌な想いをするより、自宅のホームシアターに投資しようと思うのも無理はない。
そんななか、食事を提供するダイン・イン・シアターがちょっとしたブームになっている。映画館から足が遠のいている大人の観客層をターゲットにしたもので、なかでもiPicというシアターチェーンは人気が高い。高級感が漂うロビーにはバーがあって、生ビールやワインやもちろん、バーテンダーが凝ったカクテルを作ってくれる。キッチンでは、テイクアウト用の軽食を作ってくれる。ハンバーガーやピザといった簡単なものばかりだけれど、作り置きのポップコーンやホットドッグとは雲泥の差だ。また、凝ったデザートもある。
iPicが見事なのは、映画館であるのに、映画を一番の売りにしていないことだ。落ち着いた雰囲気だから、気軽に立ち寄って一杯楽しむのもありだ。たとえば、初デートの場所にここのロビーを選び、意気投合したら、映画を一緒に観るという流れもいい。もちろん、ここの軽食はすべて劇場内に持ち込むことが可能。フルフラットになるプレミアムプラス席では、なんと座席からドリンクや食べ物のオーダーもできる(ただし、上映開始から20分まで)。リビングを映画館に近づけるホームシアターに対抗して、映画館をリビング化したアイデアが見事だ。料金は普通席で18ドル50セント、プレミアムプラス席で27ドルとちょっと割高だが、この料金なら映画を真剣に観る人しかこないから、映画を心ゆくまで楽しむことができるだろう。
まだ全米に9カ所しかないけれど、近いうちに近場にオープンする予定なので心待ちにしている。これがきっかけで、再び映画館通いが楽しくなるかも。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi