コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第2回
2000年1月29日更新
「もう『グリーンマイル』は観たか?」
クリスマスの日、その日からスタートする「リプリー」を観ようとチケット売場に並んでいると、前にいた黒人の二人組に話しかけられた。「観てない」と答えると、二人はどれだけ「グリーンマイル」に感動したか、目をらんらんと輝かせて熱く語りだした。「おれなんて赤ん坊みたいに泣いちまったぜ!」「おれもだぜ!」「絶対に観ろよ!」「そうだ、観ろ!」アメリカ人って----いきなり赤の他人に話しかけるその気軽さもすごいけど----とにかく映画が好きなんだよなと思う。喫茶店で仕事をしているときも、聞こえてくるのは映画の話ばかりだ。日本と違って娯楽のバラエティーが乏しいこと、そして料金が圧倒的に安いことが理由だろう(ちなみに、大人9ドル。マチネーという昼間の上映で観れば、なんと5ドルだ)。僕は小学生のころから一人で映画館に通 っていたような映画好きだったので、とつぜんたくさん仲間ができたような気がしてなんだかうれしい。
アメリカの観客はリアクションも大げさで、一緒に観ていても楽しい。笑うところはゲラゲラと笑うし、泣かせるところではずるずると涙を流す。映画に満足すれば拍手するし、つまらなければブーイングする。まあ、ものすごくわかりやすい。映画館によって客層も違って、大作を上映する映画館には十代の若者が多く集まり、インディペンデント映画やヨーロッパ映画を上映するミニ・シアターにはゲイのカップルや年輩の人を多く見かける。また、リバイバル専門館にいけば、映画学科の学生だらけだ。でも、いわゆるハリウッド製の娯楽映画 (こっちでは「ポップコーン映画」と呼んだりする) を観るのなら、チャイニーズ・シアターが一番だ。ここほどノリのいい----悪く言うと頭の悪い----観客はほかにいない。「エピソード1」をここで観ようと誰もが列に並んだのもうなずける。ただし、間違ってもここでラブストーリーを観てはいけない。キスシーンになろうものなら、ヒューヒューと冷やかしがはいるし、セックスシーンがないまま朝のシーンに場面 が切り替わろうものなら、ブーイングが巻き起こる。ここの観客にデリカシーを期待してはいけない。
僕が「リプリー」を観ようと並んでいたのはビバリー・コネクションという映画館。とにかく「グリーンマイル」を観るから、と例の二人組には約束して、劇場に入った。CMのあとに予告編が流れるのは日本と一緒。あのおなじみのテーマが聞こえて、「ミッション・インポッシブル2」の予告編が始まると劇場は大喝采。「エピソード1」の予告編が流れたときと同じぐらいの、ものすごい反響だった。そして予告編が終わり、映画会社のロゴがでる。僕はこの瞬間が一番好きだ。観客の囁く声。ぷうんと漂うポップコーンの香り。シートに深々と座り直す人々。だれもが息を潜め、期待に胸を膨らませる瞬間。このときめきだけは子供のころから変わらないんだよね。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi