コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第136回
2011年5月31日更新
第136回:「24」の対極にある犯罪捜査ドラマ「ザ・キリング」
アメリカで高視聴率を獲得するドラマといえば、いまも昔も一話で完結する犯罪捜査モノだ。冒頭で犯罪が発生し、スペシャリストたちが捜査に取りかかる。40分あまりの紆余曲折の末、最後には犯人が捕まって、めでたし、めでたし、というお馴染みのパターンだ。
謎解きがあって、アクションがあって、最後にはすかっとさせてくれる。さらに、前のエピソードを見過ごしていても楽しめるという敷居の低さもある。
でも、ぼく自身はこの手のドラマはあまり見ない。謎解きに主眼が置かれているからキャラクターの葛藤や成長がないし、一話完結だから物語のスケールが小さい。また、どんでん返しですらパターン化しているので、サプライズに欠けるのだ。
でも、3月に全米放送が始まったばかりの新ドラマ「ザ・キリング(原題)」は、ぼくがこのジャンルに対して漠然と抱いていた不満を見事に解消してくれた。
「ザ・キリング」は犯罪捜査ドラマであるが、たったひとつの事件の捜査が1シーズン(13話)を通じて描かれるという変わり種だ。
冒頭で、女子高生のロージー・ラーセンが死体となって発見される。捜査を担当するベテランの女性刑事と、遺族のラーセン一家、さらに新進気鋭の政治家(彼の選挙事務所が管理する車が犯行に使用されたため、容疑者とみなされる)という3組を軸に、全13話の壮大なミステリーが展開していく。
一話につき1日の出来事が描かれる設定なので(つまり13日目に事件が解決することになる)、もしかしたらリアルタイムドラマの「24」のような、アドレナリン全開のハイスピードな展開を期待するかもしれないが、「ザ・キリング」は「24」の対極にある。たとえば、愛娘を失ったラーセン家の苦悩の描写に、手がかりの発見や容疑者の追跡といったエキサイティングなドラマと同じくらいの時間が割かれている。通常の犯罪捜査ドラマは謎解きに主眼が置かれているため、殺人は物語のきっかけにすぎない。しかし、「ザ・キリング」は殺人が遺族にもたらす影響をリアリティたっぷりに描くのだ。
この特徴は犯罪捜査ドラマにどっしりとした重みを与える一方、ストーリー展開を遅らせるという欠点がある。実を言うと、ぼく自身も2話くらいまでは、ちょっと展開が遅いなあと思っていた。
しかし、「ザ・キリング」は素晴らしい仕掛けを用意していた。ストーリーが進むにつれて、それぞれのキャラクターが秘密を抱えていることが明らかになるのだ。「24」が緊張感を煽り、ときには強引な展開で視聴者をひきずりこんでいくのに対し、「ザ・キリング」はゆったりとしたペースで油断させておいて、いつのまに視聴者を深い霧のなかに迷い込ませる。シアトルの寒々とした風景を舞台に描かれる暗くてムードたっぷりの世界観は、スティーグ・ラーソンやヘニング・マンケルなどの北欧ミステリーを彷彿とさせる。「ザ・キリング」は、デンマークの人気ドラマのリメイクということで、そのあたりも関係しているのかもしれない。
とにかくいまは「ザ・キリング」の次のエピソードが気になって仕方がない。まさか、犯罪捜査ドラマに夢中になるとは思わなかった。
http://www.amctv.com/shows/the-killing 「ザ・キリング」オフィシャルサイト(英語)
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi