コラム:細野真宏の試写室日記 - 第212回
2023年7月21日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
試写室日記 第212回 「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」は最終章ではない? 興収の行方は
いよいよトム・クルーズの代表作であり「ミッション:インポッシブル」シリーズ集大成的な作品にして、シリーズ初となる前編と後編の2部作となる「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」が7月21日(金)から公開となりました。
まずは、サブタイトルの「デッドレコニング」とはどういう意味なのでしょうか?
これは、潜水艦が冒頭に登場することもあって、「古い航海用語」です。直訳すると、Dead(見失った状態での) Reckoning(船位計算)という感じで、「最後に確認された位置情報を頼りに航路を計算する」ことを意味しています。要は、「自分がいる本当の位置が分からない状態で航海をしている」ことで、トム・クルーズが演じるイーサン・ハントなどの「現在地が分からなくなるほど劇的に変化する状況で行動し続ける状態」の比喩的な意味合いです。
「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」と「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART TWO」で、1996年に始まった第1作からの総まとめをするような集大成的位置づけとなる作品です。具体的には、1作目に登場したキャラクターが再登場するなど、過去の作品における登場人物の再登場が多くなっています。そのため、シリーズを30年近く見守ってきたコアなファンであればあるほど、より楽しめるような仕組みとなっています。
では、一見さん向きでは出ないのか、というと、決してそうではなく、キチンとこの1作品だけでも楽しめるような工夫がされています。
例えば、これまでのシリーズでは、当たり前のように使われてきた「IМF」という用語。私は毎回「それって国際通貨基金のことだよね?」と思っていましたが、「ミッション:インポッシブル」における「IМF」は、「Impossible Missions Force」の略で、イーサン・ハントが所属する「不可能作戦部隊」を意味しています。ただ、本作では、そんな「IМF」という用語についてもキチンと説明があるのです!それは、この集大成的な作品で「IMFという組織の神話化」というのを大きなテーマに掲げているので、そもそもイーサン・ハントがなぜIMFに所属することになったのかも題材になっていて、「IМF」が重要なキーワードとなるからでしょう。
本作は「ミッション:インポッシブル」シリーズの7作目ですが、当初は毎回、監督が変わっていく仕組みになっていました。これは「新たな要素を取り入れていく」という意味合いもあったようですが、「ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション」(2015年)から変化が起こり、トム・クルーズと意気投合したクリストファー・マッカリー監督が、その後のシリーズを担当しています。
そのクリストファー・マッカリー監督が担当した5作目「ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション」と6作目「ミッション:インポッシブル フォールアウト」(2018年)では割とシリアスな内容だったので、本作では作風を少し変えています。具体的には、「アドベンチャー」と「ロマンス」という2つの要素を制作のテーマに加えているのです。「アドベンチャー」というのは、文字通り世界を駆けまわることで、観客を世界の旅に誘う効果があります。本作では、アブダビ、ローマ、ヴェネツィア、ノルウェーなどで風景を最大限に活かし、「ロケーションが物語を形成する」という独自性のある作り方をしています。
つまり、ロケーションがアクションを決定させているのです。
そういった意味で、私は前作の6作目「ミッション:インポッシブル フォールアウト」の完成度をかなり気になっていましたが、あのような作風を期待していると、少し「あれ?」となるのかもしれません。本作は「PART ONE」という建付けからも分かるように、「1本の映画として大きくまとまっている」わけではないため本作の最終的な評価は次作を見てから、ということにすべきだと考えています。
では、本作の完成度はそこまで高くはないのか、というと、これはそうではないと思います。やはり本シリーズの最大の特徴は、徹底した斬新なアクションが大きな要素を占めることになっているからです。現在の映画の常識として、「CGなどの技術の進化で、いかに本物っぽい映像を見せられるか」ということがあります。つまり、スタントマンやCGを駆使しながら、映画のスターたちが、いかに凄いことをやっているかを映像のトリックで自然に見せるわけです。
その意味で、この「ミッション:インポッシブル」シリーズが異色なのは、世界の映像表現の“真逆”に向かっている点です。「ミッション:インポッシブル」シリーズは、強いて言えば「昔の無声映画」の時代の頃の作品に近く、あくまで役者本人がすべてのアクションなどをやってのけます。
「CGなどの技術の進化で、いかに本物っぽい映像を見せられるか」という手法とは“真逆”で、如何に「本人が演じているのかが分かるようにするためにCGなどの最新の技術を駆使する」のです!
例えば、本作の大きな見どころの1つである(海抜)約1200メートルの山の断崖絶壁からバイクを走らせ、渓谷に落下し地上約150メートルのところでパラシュートが開く、という予告編などで有名なシーンがあります。まず、このような文字通り「命がけのアクション」をトム・クルーズ本人が敢行するのは、世の中の常識では考えられないことでしょう。
ただ、トム・クルーズにとっては、「それこそが役者の仕事」だと、息をするように当然のこととして自らこなします。私たちは映像を見て、凄いと、ただただ感心するだけですが、本編の映像としては「短めなシーン」になっています。そんな映像を作るためには、実は、様々な問題をクリアする必要があることも知っておくと、さらに本作が楽しめると思います。例えば、事故があれば、それこそすべてが台無しになるので、それを未然に防ぐためにトム・クルーズやスタッフは徹底的な準備をします。
まず、そもそもバイクで飛ぶためには、ある一定のスピードを超えないと落下してしまいます。そのためにはバイクのスピードメーターが必要不可欠なのですが、そのスピードメーターがないバイクにしているのです!
なぜなら、傾斜台が狭いので、バイクのスピードメーターを確認するために下を見てしまったら、コースから外れて命を落としかねないためです。
そこで、そのバイクの速度を身体で記憶するしかなく、1万3000回以上ものバイクでのジャンプの訓練をこなしています。また、上手く飛べた後でも、軌道がズレてしまったら、映像が上手く行かなくなるどころか崖にぶつかったりするリスクがあるので、500回以上のスカイダイビングの訓練をしているのです!
万が一、風の影響などで軌道を外れてしまった場合にも備えて、空中での姿勢の修正方法なども身に付けたりと、徹底的な準備をしています。そして、これらが仮に上手くいっても、撮影の問題もあり課題は尽きません。
例えば、トム・クルーズ本人が自身でこなしているのを見せられるようにするための「バイクに搭載したカメラ」。これは、バイクが落下するので、カメラが大破して映像も失われるリスクがあったのです。また、ドローン撮影なども駆使するのですが、このドローンとトム・クルーズの軌道がキチンと一致する必要性もありました。
これらのように、このシーンのためだけに、トータルで15か月にも及ぶ準備期間を要しているのです!その結果、「崖から離れたら6秒以内にパラシュートを展開しないと、2秒後に崖にぶつかる」といった驚愕な「バイクで崖を飛び降りるインポッシブルなミッション」を見事に達成できたわけです。
しかも、トム・クルーズは、映像を完全なものにするために、1回で終わることなく、7回も繰り返したのです…!
また、ローマのカーチェイスのシーンでは、初めてローマの道を日中に封鎖することに成功し、2日間にわたって、実際に「すべてを撮影」しているのです!
走っている列車の上で戦うシーンについては、すでに1作目の「ミッション:インポッシブル」(1996年)で「達成済み」と思っている人も多いでしょう。ただ、当時は、撮影技術などの課題もあり、このシーンの多くがセットで行われていたのです。それを今回は、時速100キロ近いスピードで走る列車の上で戦うシーンを実際にこなしているのです!これらを撮影可能とする特殊な列車の制作だけで8か月も費やすなど、映像技術の進化を、むしろ「アナログのために使う」という「映画史上類を見ない伝説的な作品」となっています。
さて、本シリーズは、この集大成的な2部作をもって「終結」すると、少なくとも昨年の段階では言われていました(もちろん、それを受け、今年も)。
次の「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART TWO」でトム・クルーズが主人公イーサン・ハント役を引退することになると、米バラエティが報じたりもしていました。
ところが、今月に入り、トム・クルーズが、80歳のハリソン・フォードによる「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」を例にあげて次のようにオーストラリアのシドニー・モーニング・ヘラルド紙の取材で語っています。
「彼のようになりたいと思っている。追いつくためにはまだ20年ある。彼の年齢になるまで『ミッション:インポッシブル』を作り続けたい」
60代になったトム・クルーズを考えると、最終章でも致し方ないか、と考えていましたが、まだまだトム・クルーズによるインポッシブルな挑戦は続くのかもしれません。
では、本作の興行収入ですが、世界的に見ると、1作目から順に、4億5769万6359ドル、5億4638万8105ドル、3億9785万0012ドル、6億9471万3380ドル、6億8271万4267ドル、7億9111万5104ドル、と基本的には右肩上がりなのです(3作目はいろいろとあった年なので除外していいでしょう)。
そのため、世界興行収入の面では、本作で過去最高を記録すると考えられます。ところが、日本の場合は少し異例で、興行収入は1作目から順に、65億円、97億円、51.5億円、53.8億円、51.4億円、47.2億円となっています。これを見ると一目瞭然ですが、3作目から「50億円の壁」のようなものがあって、作品の出来に左右されにくい不思議な状況に陥っているのです。
単純に考えると、本作の場合も興行収入50億円規模、というのが妥当な考え方なのかもしれません。ただ、トム・クルーズという役者の存在感は、2022年に日本も含めて世界中で旋風を巻き起こしメガヒットした「トップガン マーヴェリック」(現在、興行収入137.2億円)で、圧倒的になったと思います。
トム・クルーズ映画ファンの人口は増え、これまでの「50億円の壁」を超えるというミッションはクリアしてくれると信じたいです。来日が予定通りになされていれば、それこそ興行収入100億円も夢ではなかったのかもしれませんが、まずは興行収入70億円くらいには達してほしいですし、到達するべき作品だと考えます。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!
Twitter:@masahi_hosono