コラム:細野真宏の試写室日記 - 第173回
2022年5月25日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
試写室日記 第173回 「トップガン マーヴェリック」。最高峰の映像と物語を36年後の世界でも見事に構築できた理由は?
今週末の5月27日(金)に「トップガン」の続編「トップガン マーヴェリック」が、いよいよ日米同時公開を迎えます。
「トップガン」という映画への思い入れは、世代によっても大きく異なってくるのでしょう。
というのも、前作の「トップガン」が公開されたのは、今から36年前の1986年です。
ただ、この36年前の作品が、今でも有名なのは、当時の「伝説的な作風」と「トム・クルーズの存在」が関係しています。
「トップガン」は、アメリカ海軍の戦闘機をトップクラスで操縦できる“超エリート飛行士”らの活躍を描いた作品。戦闘機でのアクションシーンは、それまで実現不可能な領域にまで到達し、世間に衝撃を与えました。
また、今なおハリウッド映画のスター的な存在のトム・クルーズですが、まさに36年前の「トップガン」によってスターダムにのし上がったのです!
世界中でメガヒットし、当時の日本でも興行収入70億円規模となる「1986年の年間1位」という大ヒットを記録したのです。
具体的には制作費1500万ドルから世界興行収入3億5728万ドルという規模でのメガヒット(再上映も含む)。物価の違いを考えると、日本での興行収入も実質的にはさらに上となるわけです。
分かりやすいところでは、アメリカ海軍が全面協力したこともあり、公開後にアメリカにおける海軍飛行士の志願者が500%増といった規模で急増するなど、文字通り「社会現象化」しました。
ここまでのメガヒットとなると、通常の映画ではすぐに「続編」が作られますが、なぜ本作では、それが36年もかかってしまったのでしょうか?
それは、主演・製作を務めるトム・クルーズの確固たる決意が関係しています。
本作においては「体験」を最重要視し、「すべてを実際に撮影する」としてきたからです。
安易にCGに頼ることなく「すべてを実際に撮影する」となると、撮影機材の開発から始まって、キャストの訓練など想像を絶するほどの過酷なハードルがあるのです。
例えば、地球上では、私たちの体には1Gの重力がかかっています。
それが高速の戦闘機では、スピードが上がる度に、2G、3Gとどんどん上がっていき、最高時速1900キロ以上で空を駆ける戦闘機「F/A-18」では、8Gもの衝撃が体を襲うのです。
具体的には、自分と同じ体重の人が、7人体重をかけてくる負荷が生じ、体が押しつぶされるようになるわけです。
体が押しつぶされたり顔がゆがんだり、脳から血液を押し出し、視界は閉ざされていき、血液が脚に流れ込むようになっていくと、「G-LOC」と呼ばれる“意識不明”に陥るのです。
前作では、トム・クルーズ以外のキャストの映像は使えないものばかりだったのですが、続編では万全を期し、パイロット役の俳優らは、その負荷に耐えられるように徹底的に訓練をしたのです。
そして、戦闘機「F/A-18」には新たに開発されたカメラ6台を取り付け、シーンによっては22台のカメラを同時に回すなど、究極的な臨場感とリアリティーにこだわります。
さらには、「二度と出来ない撮影」という認識で、1カット撮るごとに地上に降り、イメージと異なる場合はその場で再撮影を繰り返すなど、クオリティーを最大限に高めていきました。
もちろん、飛行中の「F/A-18」のコックピットで役者がそのまま演技しセリフを話すことができているのです。
こうして出来上がった本作は、文字通り「最高の映像体験」を可能にした“究極的な映像”を生み出すことに成功しています。
しかも、物語も最新鋭で、深みのあるものとなっていました!
日本の「ブルーインパルス」などが象徴的ですが、私たちは36年前の「トップガン」の世界である「超エリート飛行士による戦闘機」に魅力や凄さを感じます。
ところが、もはや“超エリート飛行士”は存在の必要性すら危うくなっていて、無人のドローン戦闘機に置き換わりつつあるのです。
当時の最先端だった戦闘機「F-14」(トムキャット)も「過去の遺物」となっているのが現実なのです。
さらには、当時は20代前半だったトム・クルーズも60歳に差し掛かっています。
まさに“トム・クルーズの生き様”そのものを映し出すように、主人公マーヴェリックは「現場での活躍」にこだわり昇進を拒み続け、本作では「トップガン」の教官に任命されます。
そして“実現不可能”な状況をどのように克服していくのかは、本家の「ミッション:インポッシブル」を超えたかもしれません。
さて、冒頭で「トップガン」に対する反応は、世代によって異なる、と言いましたが、正直に言うと、私は「トップガン」に対してほとんど思い入れが無く、テレビの再放送などで数回見た程度でした。
しかも、現在のCGをフルに使った作品の方が凄いと感じ、「トップガン」へのリスペクトは軽いものでした。
ただ、そんな私が見ても、「トップガン マーヴェリック」は凄い作品でした!
「“究極の映像体験”というのは、こういうことなのか」と実感した、というのが本音です。
これまでIMAXで何本も映画を見てきましたが、正直そこまで入り込めなかったのも事実です。
ですが、本作では、「なるほど、この作品こそ“IMAX案件”と呼ぶべきなのか」と、非常に珍しくIMAXとの相性の良さを体感できました!
本作は続編ですが、パートナーだった「グースの死」で衝撃を与えた前作のシーンなどは本作でも登場します。そのため、本作からでも楽しむことは可能です。
とは言え、ヒット曲満載の音楽なども含めて、一度は前作を見てからの方が、より楽しめるのは間違いないでしょう。
最後に肝心の興行収入ですが、製作陣の熱意がフルに伝わる作品というのはそんなになく、トム・クルーズの最高傑作と言っても過言ではないので、ポテンシャルとしては興行収入50億円を狙えると考えています。
懸念材料は「どれだけ世代的な広がりがみられるのか」ですが、これは36年という年月では風化しない伝説的な作品なので、「ミッション:インポッシブル」シリーズを見ている多くの世代にも響くと思われます。
しかも「ミッション:インポッシブル」シリーズほど内容が複雑ではなく、入り込みやすいのも本作のアドバンテージとしてあります。
これこそ劇場で「体感すべき映画」なので、大いに盛り上がることを期待したいです!
なお、本作は、真面目な作風ですが、完成披露試写会では割と大きな笑い声を何度も聞くことができました。
これは、いかに作品に入り込んでいるかを示すものです。本作の完成度には、前作のメガホンをとった故トニー・スコット監督も天国から喜んでいることでしょう。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!
Twitter:@masahi_hosono