コラム:ニューヨークEXPRESS - 第56回
2026年1月19日更新

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。
「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」Q&Aイベントでジョシュ・サフディ監督らが制作の裏側について語る

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第83回ゴールデングローブ賞で主演男優賞(ミュージカル/コメディ)を獲得した人気俳優ティモシー・シャラメが主演する話題作「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」の試写、Q&Aイベントが、ニューヨークのジャパン・ソサエティーで開催され、メガホンを取ったジョシュ・サフディ監督、製作を担当した遠藤麻衣子、衣装を担当したミヤコ・ベリッツィ、エンドウ役を任された聴覚障害者の卓球選手、川口功人が登壇し、制作の裏側について語ってくれた。(取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)
本作は、1950年代のニューヨーク(NY)を舞台に、実在の卓球選手であるマーティ・リーズマンの人生に着想を得た物語。
卓球人気の低いアメリカで世界を夢見る天才卓球プレイヤー、マーティ・マウザー(ティモシー・シャラメ)は、親戚の靴屋で働きながら世界選手権に参加するための資金を稼ごうとするが、ロンドンで行われた世界選手権で日本の選手エンドウに敗れたことで資金が集まらず、次回日本で行われる世界選手権へ参加し、エンドウを破って世界一になるために、ありとあらゆる方法で資金を稼ごうとするというもの。

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Q : 今作は退屈する暇がないくらいエネルギッシュでした。ある意味、(ジャパン・ソサエティーで開催されたため)日本の小津安二郎の映画とは対照的ですね。今作は1950年代が舞台ですが、多くの音楽が1980年代に設定され、その中には歌手ピーター・ガブリエルの楽曲「アイ・ハブ・ザ・タッチ」やバンド、ティアーズ・フォー・フィアーズの楽曲「エブリバディ・ウォンツ・トゥ・ルール・ザ・ワールド」などが使用されていて、これは意図的な時代錯誤のなのか、 それとも、これらの音楽がこの主人公マーティという人物像に何かを物語っている選曲なのでしょうか?

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ジョシュ・サフディ監督:明らかに意図的なものでした。今作の制作に入る前に本格的に調査を始める前に、私の妻がある本(おそらく卓球に関する)を買ってくれ、その本が私の目を開かせてくれたんだ。 それから私は、映画に出てくるミッドタウンのスポット、ローレンスの店(卓球パーラー)で(この映画に登場する)当時多くの選手たちとプレーしていた大叔父と話したんだ。それは1952年、このスポーツ(卓球)がどんなものだったのか知りたかったからだ。歴史的要素がこのスポーツに威厳を与えるとも感じたから。歴史を持つものには魂が宿る。全英オープンの映像を見た時、細身で騒がしいアメリカ人選手たち――戦後の沈黙の世代、ほとんど無責任とも言える若者たちが(卓球台の周りを)跳ね回っている姿が目に浮かんだ時に、ピーター・ガブリエルのアルバム「セキュリティ」の楽曲「I have the Touch」を聴きていたんだ。それが直感的に正しいと感じ、本能がそう告げたんだ。
そして、脚本を書くうちに僕は80年代へと引きずり込まれていった。この映画はまさに、86年に孫娘とティアーズ・フォー・フィアーズのコンサートで、アメリカの歌手カート・スミスが楽曲「エブリバディ・ウォンツ・トゥ・ルール・ザ・ワールド」を歌うのを見ている祖父となったマーティの視点から書かれている。過去が未来を徘徊し、未来が過去を徘徊する。過去と未来が互いに徘徊し合う存在論的性質(存在そのものの本質やあり方を問う哲学の分野である存在論において、存在者が持つとされる特性や特徴を指します)の意味を理解できる設定になっているんだ。
また、80年代は最初のポストモダン時代であり、過去を再訪する時代でもあった。アメリカン・ドリームのような概念が当時「」で囲まれるようになり、レーガン政権下で荒削りな個人主義が再燃し、アメリカの繁栄と豪華さを追い求める風潮が生まれた。そんな時代背景が組み込まれたのが、ニューウエーブの音楽だ。1950年代にはブルース音楽が取り入れられ、それはかなり憂鬱で美しい音楽だったが、悲しみを表現しビートを乗せていた。でもロックンロールと、今作の最後の楽曲「エブリバディ・ウォンツ・トゥ・ルール・ザ・ワールド」は誰もが欲しがる曲なんだ。(80年代の)世界は確かに刺激的だが、歌詞に耳を傾ければ不安もこびりついている。しかし、それは非常に熱狂的なビートに乗せられているからなんだ。

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Q : 日本側の描写と異文化間のつながりについて聞きたいのですが、その(日本の)場面はとてもリアルで本物らしさを感じます。特に白黒の日本のニュース映像は本物のように見えました。決勝戦のシーンに登場したあのマスコットのような細かい部分まで、本当に日本らしさが感じられました。では、1950年代の日本の現実味を描く上で、ジョシュ監督にどのような協力をしたのですか?
遠藤麻衣子 : ジョシュと、ジョシュの妻でエグゼクティブプロデューサーのサラは、日本の当時のスタイルに関する写真など、本当にたくさんリサーチしていました。彼女は、自身で英語で見つけられなかった(当時の日本)のことについて、私に連絡してきたんです。その時、私は日本に居たので、図書館に行って当時のことを調べて、彼女が知りたがっていたことをあくまで手伝っただけです。だからジョシュ監督のビジョンによるもので…。

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ジョシュ・サフディ監督:コト(川口選手)のキャラクター、エンドウの興味深い点は、ミッドタウンのピンポンパーラーを経営するローレンスという男にも当てはまる。それは、今作の調査中に偶然見つけた歴史の脚注で、彼はタイムズスクエア地区初の黒人経営者だったんだ。それは誰も知らないし、誰も語らない人物だ。
このアウトサイダーや落ちこぼれのサブカルチャーについて誰も語らないのは、彼らの夢を誰も本当に尊重しなかったからなんだ。でも彼らは非常に切実な人々だった。川口功人のキャラクター、エンドウのモデルとなった選手は(卓球の)佐藤博治選手で、彼は実在の人物だ。そして日本は1952年、(彼の勝利によって)卓球を通じて(米国から)独立したんだ。
それは私にとって非常に興味深いことでした。戦後の日本は実に興味深い場所で、あれほど包括的な敗北は二度と目にすることはないだろう。受動的植民地主義の始まり、などなど。だから私はこの民衆の英雄(佐藤博治)に魅了されたんだ。ほとんどの日本人が知らない時代に突如現れた人物だ。卓球を普及させた荻村伊智朗(第3代国際卓球連盟会長)は知られていても、佐藤博治は誰も知らない。彼は1952年にインドに現れた職人であり、日本の発明家が設計した卓球のラケット(スポンジラバー=1950年頃、かつて日本軍が軍用機の燃料タンクを防弾・保護するために使用していたスポンジが卓球ラバーに転用されたもの)で全員を打ち負かした。そのラケットの名は「アトミック・パドル(アメリカで呼ばれている)」。実に興味深い話なんだ。
ニュース映像に何とか収めようと必死だった。おそらく可能だっただろうが、でもどこをカットすべきか探る段階に陥ってしまう。そこで、この件について麻衣子と話し合ったんだ。わたしの叔父は1955年に東京でバル・ミツヴァ(ユダヤ法を守る宗教的・社会的な責任を持った成人男性のことである)を迎えたことがあり、私は日本文化に強い関心を持っていたため、この件(卓球の話について)麻衣子さんに連絡を取ったんです。彼女は「そんな話は聞いたことがない」と言っていました。ほとんどの(日本)人は知らないんです。でも、これは日本の歴史においてかなり重要な瞬間なんです。小さな物語を通してこそ、大きな絵を描くことができると私はいつも感じている。日本で彼女(麻衣子)が私のそばにいてくれたおかげで、コト(川口選手)を見つけることができたんだ。
あの役柄のキャスティングで彼女に頼んだんだ。すごく難しかったから。彼女が紹介してくれたのがピコ・アイアー(エッセイスト、小説家)で、1952年(佐藤博治)の卓球についてのTEDトークで話していたんだ。それを見た時、ちょうどロニー(共同脚本家ロナルド・ブロンスタイン)と脚本を書いていて、こいつは信じられないって思った。(ピコは)作家であり哲学者で、俺は彼(ピコを)を敵対的で嫌な奴役(ラム・セティという卓球界のトップの人)にキャスティングしたんだ。
彼(ピコ)を知っている人ならわかるだろうが、彼は信じられないほど穏やかな人なんだ。タイム社で働いていたこともあって、素晴らしい作家であり、素晴らしい人間だ。信じられないほど穏やかだ。(最終的には)カットしたシーンで怒る必要があると伝えたことがあって、すると彼は、「ジョシュ、私は人生で一度も怒ったことがない」と言ってきたので、私は(ジョシュ)は「それが見たいんだ」と伝えたんだ。その様子を見てみたいと思ったからだ。
とにかく、それが麻衣子に連絡した理由さ。アメリカのプリプロダクション作業がかなりあったから、本当に助かったよ。芸術的に尊敬し信頼できる人物が、僕の映画で何を重視しているかを理解した上で、現地の部門責任者たちとコミュニケーションを取ってくれるのは心強かったんだ。

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Q: 卓球チャンピオンのコト(川口選手)ついて聞かせてください。このエンドウ役では、マーティを二度も破った卓球チャンピオンと再び対戦する役でした。俳優としてその役を演じるのは難しかったでしょうか? ジョシュは、今作でエンドウ役について何かアドバイスしてくれましたか?
川口功人 : ええ、こういうのは初めてでしたけれど、プロ卓球選手としての経験があるので、まずはプロとしての心構えで臨もうと思いました。動きや戦略も、少なくともそういう姿勢で取り組みました。
Q : 聴覚障害を持つ卓球選手をキャスティングした理由はありますか?
ジョシュ・サフディ監督:私たちは後付けでそのキャラクターを聴覚障害者として設定しました。東京(東京大空襲)での焼夷弾攻撃を明らかに強調したかったのです。皆が知っているように、(日本は)もちろん原爆経験もありますが、東京での焼夷弾攻撃ははるかに致死率が高かったんだ。
だから、それ(聴覚障害であること)を導入するには良い方法だった。キャラクターを、本来そうではない人物として描きたくはない。特に(川口功人選手のように)演技経験のない人物なら尚更だ。キャスティングとは、その人物の魂を選び、その人物と共にキャラクターを通して自己表現を導く作業だからだ。
そして(映画内での)全英オープンで優勝したシーンを撮影していた際に、彼と話したことを覚えている。彼に「勝利はどんな感じなのか?」と問いかけたんだ。彼(川口選手)は「(勝利には)大きな安堵がある」と言ってくれて、(実際のシーンでは)地面に倒れ込んだシーンを撮れた。信じられない光景だった。スタッフ全員が驚いていた。VFXコーディネーターの妻が日本滞在中に、彼が(感情で)謙虚さを失う瞬間を目撃したからだ。非常に微妙な瞬間だった。(映画内の役柄エンドウは)ほとんど不透明で、読み取れない。だからこそ、コーディネーターの妻は「彼は最高の俳優よ」と言っていた。彼(川口選手)は、そのシーンについて話しかけてくれて、彼は「卓球の選手としての契約をしたけれど、これほどまで俳優として演じる契約はしてないよ」(ジョーク)を言ってきたんだ。

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Q : あなたは自身を衣類を専門とする文化人類学者だと捉えているそうですが。
ミヤコ・ベリッツィ : ええ、その通りです。
Q : では、あなたが1950年代の日本の衣装を再現する研究を行うにあたり、その視点はどのように衣装に活かされたのでしょうか?
ミヤコ・ベリッツィ : 今作の世界観は本当に広大なんです。ニューヨークのロウアー・イースト・サイド、日本、ロンドン。ジェン(ジェニファー・ヴェンディッティ=キャスティング・ディレクター)と共同で作業できたことは、彼女に感謝します。私にとってはリサーチが重要で、当時の世界の状況を深く理解しなければなりませんでした。それは、日本とロンドンではカラーパレットでさえも差別化を図りたかったからです。
そしてロウアー・イースト・サイドでは、特に私のお気に入りのシーンの一つであるボウリング場とそのカラフルさを、服で表現したかった。それから俳優たちに実際に(衣装合わせで)会います。私にとって、俳優自身の姿も、それがわたし作品(衣装)の多くをかたどるとも思っています。
そしてジェンは、新しいキャラクターについて話し合うんです。ジョシュと私もそれは同じ考えで、これも重要な要素の一つです。

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Q : あなたの文化的背景(ミヤコ・ベリッツィは日系アメリカ人)は、この作品においてあなたの仕事にどのような影響を与えたのでしょうか?
ミヤコ・ベリッツィ : 特に日本においては、それを忠実に表現することが重要であり、そのための調査が必要でした。
ジョシュ・サフディ監督:そうだね、君がシェアしてた(日本の)家族の写真のいくつかを見るのが好きでした。
ミヤコ・ベリッツィ : ええ、それも理由の一つでした。もちろん私は日本人だし、このジャパン・ソサエティーにも家族が来ています。私の日本人の家族は、1950年代からここ(ニューヨーク)で暮らしていました。でも当時の古い写真を見ると、日本での服装とニューヨークでの服装の違いがあって、家族内ですら違っていて、私の研究や仕事に非常に参考になりました。
ジョシュ・サフディ監督:東京に着いてジェンに会った時は本当に驚きました。なぜなら、ここでの制作は、とても大規模だったにも関わらず、小さく感じられたからです。そして私たちは、ひとつひとつの要素を「これが最後の一仕事だ」という覚悟で臨みました。日本に着いた頃には、この(アメリカの)クルーが(作業を先に進めていた)私たちに追いついてきていました。
あなた(遠藤)が共有してくれた打ち上げパーティーの動画を見て思ったんだけれど、麻衣子は「彼(ジョシュ)はすごく厳しい」と言っていたよね。直接的に、最初は本当に傷ついたんだけど、後で気づいたんだが、多分、あれはある意味では褒め言葉なんだろうなって。
現地(日本)に着くとエキストラが大量にいて、約450人。ここ(ニューヨーク)には3300人のエキストラがいたけど、一人ひとりを役柄で話せるかのように扱ったんだ。いつインスピレーションを受けて(そのエキストラの中から)誰かを引っ張り出し、大役を任せるか分からないからね。
私たちは本当に、エキストラのキャスティングからプロデューサーのジェンに至るまで、皆で人を集めて前面に立たせ、一緒に作業していました。通常、エキストラ全員の衣装を担当するのは衣装デザイナーの仕事ではありませんが、今回は日本に来てから全てのエキストラが…彼女(ミヤコ)は長時間現場にいて、一人ひとりの衣装をデザインし、経済状況や様々な社会階層の人々、そして現地のティーンエイジャーの服装まで少し異なる様子にしていた。実際にはパーカーを着ている人物が一人いるくらいまで、確実に表現できるようにしていた。
(そんな細かい衣装を見て)ルカという編集助手が私に言ってきたんだ。「あれはクルーの一員ですか?」と。彼が「ただパーカーを着てるだけの方です」と言うから、私は「いや、よく見て」と言い返したんだ。すると彼は「ああ、これは時代物のパーカーだったんですね」と気づいたんだ。それくらい詳細に(衣装を)付け加えていったんだ。

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Q : ティモシーは実生活でも非常に野心的で、あのSAG賞のスピーチでは「私は偉大さを追い求めている」と語り、今作のマーティというキャラクターと彼の成功への執拗な追求を彷彿させました。8年前にティモシー(8年前から卓球などの下準備をしていた)をキャスティングした際に、彼に演じてほしいと願ったのは、(SAGの受賞スピーチ)同様なハングリー精神を彼に見出したからなのでしょうか?
ジョシュ・サフディ監督:もちろんです。だから彼のためにあの役を書いたんです。彼は「君の名前で僕を呼んで」を見る前からティミー(ティモシー)・スプリームだった。彼は教室のリーダー的存在でしたが、自分が(映画界では)望む場所にいられておらず、強烈な野心を抱えていたのです。それから三ヶ月後、彼に会った時に「君の名前で僕を呼んで」を見たんだ。あれは小さな映画かもしれないが、彼の演技スタイルは(彼の)人生を超越していた。(彼の演技の)リアリズムが部屋の壁(映画界の壁)を広げ、まるでHi-Fiサウンド(音の歪みを最小限に抑え、完全かつ正確な可聴周波数の範囲で元の音源のサウンドを再現する)ように突き抜けた。信じられない感じだった。
麻衣子に聞きたい、川口功人を今作に出演させるのは非常に困難だったが、彼の(卓球の)映像を見た時、なぜ私に共有する必要を感じたんだい?
遠藤麻衣子: 彼を見つけるのに7ヶ月かかりました。東京の卓球スタジオは全部回ったし、ネットも全部調べました。日本の俳優も全員チェックしたんです。本当に大変だったんです。中国選手とか、もっと広い範囲で探してもいました。でもジョシュ監督は「いや、ありえない、日本人でないとダメなんだ!」と言って、それで思ったんです。自分一人でやるのは無理だって。だから多分、(キャスティングには)大きなチームが必要だと。でもその頃に、たまたまネットで彼(川口)を検索したんです。そしたら写真付きの動画が出てきて。
ジョシュ・サフディ監督:あの映像をどうやって見つけたんだい? 再生回数がたったの3回くらいだったでしょう。
遠藤麻衣子:うん。でもネットで彼の写真を見始めたら、やっぱりね、彼がトヨタチームの顔ぶれの中にいても違和感がないんです。写真を見た瞬間、まるで時代を超越してるみたいで。そう、彼の見た目って、まるで50年代の人みたいで、すごく生き生きとしていて、中心にいる存在感がありました。彼を見ると、それがわかるんです。その写真をジョシュに送ったら、彼もすっかり惚れ込んでしまってさ。
ジョシュ・サフディ監督:でもその後はとても大変だったの、覚えてる? 彼と連絡を取らなきゃいけなかったのに、それが実現するとは思えなかったんだ。諦めかけていたところ、彼との面会を実現することができたんだ。
遠藤麻衣子:なぜなら彼は実際に同時にチャンピオンシップを争っていたから。

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ジョシュ・サフディ監督:功人、我々とZoomでミーティングをした際に、実際にあなたは頭の中で何を考えていたんですか?
川口功人:ジョシュとのZoomに参加した際に。彼が最初に口にした言葉は「功人、愛している」だった。そこから15分間、僕への敬愛と愛情を延々と語り続け、それを麻衣子さんが懸命に精一杯通訳してくれていました。よく意味(映画の内容)はわからなかったけれど、このプロジェクトに対する彼の興奮と情熱は伝わってきた。だから、もしかしたら彼を助けるべきかもしれないと思ったんです。
でも、私はこの会社(豊田)で働いているし、仕事を休めるかどうか分からない。相談しなければならない人がたくさんいると思ったんです。麻衣子さんがそれを通訳してくれた後に、ジョシュがこう言ってきたんです「いや、それは問題じゃない。私が直接あなたの会社に行ってCEOと話して、この重要性を説明するよ」と、僕は、ジョシュがこれほどまでに(映画を)やりたがっていることに感銘を受け、奮い立たされました。会社には「実現不可能かもしれない」と思いながらも全てを伝えました。すると会社側が言ったのです。「これは一生に一度のチャンスだ。絶対にやるべきだ」と。
最初はみんな「これって詐欺? 絶対に詐欺だ」って思ってました。でもジョシュとキャスト、クルーについて調べてみると、このチャンスが自分の目の前に転がっていたことに気づいたんです。
ジョシュ・サフディ監督:映画の完成後に、功人がデフ・オリンピックの栄光を追い求めたなんて信じられないくらいだ。ありがたいことに、彼はそんなストレスを映画から外すことができていた。そして(実生活で)彼に子供が生まれた。この大会で偉業を成し遂げようと奮闘しながらだ。そういうことが起きる時、人生が入り混じるとき、それは何とも言えないやりがいがあることだ。どう説明すればいいか…言葉にできない。なぜなら現実の生活だからね。
その後、アンディ(川口の通訳者)が病院で息子を抱いている写真を送ってきてくれたんだ。この映画を作ったことで、彼とすごく親密な気持ちになって、本当に信じられない瞬間だった。彼に、日本語字幕付きで初めて(このジャパン・ソサエティー)でその映画を観た感想を聞いてもらえました。
川口功人:ええ、この国際的なデフ・オリンピック大会と、彼の子供の誕生という偶然の一致。トレーニング中に僕は妻と生まれてくる子供のことを考えていました。そしてこの映画には膨大なトレーニングと集中力が求められていました。この三つの出来事が同時に起こっていて、今作の最後のシーンを観た時は、僕にとっても感情的な瞬間でした。

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Q : ティモシーは卓球を極めるために7、8年練習したそうですが、プロとしてのあなたの視点から、彼の腕前はどの程度でしょうか?
川口功人:ええ。卓球も他のスポーツと同じで、マスターしたり本当に上手くなるには何年も練習が必要です。でも彼と一緒に練習したり撮影したりして、最も感心したのは、彼のパフォーマンスと即興的の能力でした。
ディエゴ・スコット(卓球の振り付け師)と共に事前に何ポイント分まで振り付けを決めたり、何百ものポイントごとに台本を作成し書き留めたのかはわからないですが、各テイクの合間に水を飲みながら「よし、次はこれだ」と確認していました。彼のその記憶力と、うまくいかなかった時の即興対応力が、僕が最も感心した点でした。
ジョシュ・サフディ監督:振付師兼コーディネーター兼コンサルタントのディエゴ・スコットはこう言ってた。「ティミーとコーチは連続して1ポイント以上取ることは絶対に無理だ」って。でも僕にとっては、ポイントとポイントの間こそが、試合のドラマ性や感情が表れる場所だった。そして最も感銘を受けたのは、ティミーとコト(川口)という二人のパフォーマーが、次々と次のポイントを稼いでいく様子でした。
ロンドンと東京の両方で、周囲の数百人のエキストラに囲まれながら。彼らが準備を整えてくれていたことに、私は心から感謝したんだ。

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Q : 服装の選択は、しばしば階級や野心を表します。マーティはロウアー・イースト・サイドのセールスマンとして「ヨーロッパに行くにはスーツが必要だ」と言いながら映画は始まります。最後にも、彼はネクタイなしのスーツ姿で、赤ん坊を見つめるマーティの姿があります。様々な段階における服装を考えれば、マーティの現実の姿と自認する姿、そして野心に基づいたあるべき姿との間に生じる隔たりがあり、あなたは様々な彼のライフステージで何を発見して、彼の衣装を担当していたのでしょうか?
ミヤコ・ベリッツィ : スーツこそが彼がなりたい姿であり、そのスーツのシルエットが決まった瞬間がフィッティングにおける決定的瞬間でした。それは台本に書かれていたから、彼が人生を歩んでいると理解できた。靴屋で彼が着ているもの、そこには彼の制服もありますが、彼は気にしない。それらは彼そのものではないからです。次に彼が着るのは卓球のユニフォームで、それは彼の意思ではどうにもならないもので、ポロシャツです。だがスーツこそが、彼がなりたい男そのものなんです。それを理解することが我々にとって重要でした。その本質を掴んだ瞬間、彼の立ち居振る舞いさえも根本から変わった。これは我々にとって大きな発見でした。何度も何度もフィッティングを重ねたんです。
ジョシュ・サフディ監督:あのスーツを着ている時、彼は歩くアメリカン・ドリームそのものだった。あれこそが荒削りな個人主義者だ。自分もスーツを着て外に出れば、自分の力で物事を動かせ、そしてネクタイをしていないんだ。
筆者紹介
細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。
Website:https://ameblo.jp/nobuhosoki/









