コラム:映画館では見られない傑作・配信中! - 第19回
2021年5月13日更新
コロナ禍に韓国ドラマが描く、”世界の終わり”の物語の最先端
映画評論家・プロデューサーの江戸木純氏が、今や商業的にも批評的にも絶対に無視できない存在となった配信映像作品にスポットを当ててご紹介します!
“世紀末”や”世界の終わり”は、映画やドラマのクリエイターにとって昔からもっとも魅力的なテーマのひとつだった。コロナ禍という想像を絶する現実を目の当たりにして、日々それがリアルに感じられる時代となった現在、“世紀末”や”世界の終わり”を扱う作品の数々は、見る側にとっても、より身近で興味深いものとなってきている。
コロナ禍が起こる少し前から、映画やドラマで”ゾンビ”をはじめ、“世界の終わり”を描くことが世界的なブームとなっていた。それは、予知能力というより、時代の変化に敏感な世界中のクリエイターたちが、悪夢のような未来の到来を肌で感じていた結果なのかもしれない。
これまで現代社会を描くための、もっともわかりやすい“世紀末”の象徴として、頻繁に使われてきたキャラクターが“ゾンビ”だった。しかし、あまりにも数多くの作品が作られ、そのイメージは使い古され、ゾンビがまさにひとり歩きをはじめて“世界の終わり”を描く効果が希薄になり、もはやパロディ程度としてしか機能しなくなってしまった状況がある。そして、その生みの親ともいうべき教祖ジョージ・A・ロメロ監督の死という決定的出来事もあって、いまだに一部で製作は続いてはいるものの、“ゾンビ”というジャンル自体が、いまや時代遅れとなって静かな終焉を迎えつつある。
Netflixはその配信開始以来、”世界の終わり”を描く映画やドラマの宝庫だったが、コロナ禍以降、その傾向はさらに顕著になってきている。もちろん、いまでも“ゾンビ”ものはたくさん配信され続けているが、”世界の終わり”を描く作品の多くが、”ゾンビ”以外の世紀末を描き始めている。
現在シーズン4が製作中のNetflixの看板的大人気シリーズ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」も、そもそも非ゾンビ系世紀末SFといえるが、同シリーズの制作者ダン・コーエンとショーン・レヴィがプロデュースした映画「ラブ&モンスターズ」は、“ゾンビ”が出てこない”世界の終わり”を描いた最新作だ。
核戦争で人類の大半が死滅し、7年が経った近未来。わずかに生き残った人間たちは、放射能の影響で突然変異し、巨大モンスター化して人間を襲う動物たちの襲撃に怯え、隠れながら、幾つかのコロニーでひっそりと暮らしている。「メイズ・ランナー」シリーズのディラン・オブライエン演じる主人公ジョエルは、ある日、7年前に消息不明となってしまったガールフレンドのエイミーが、130キロ離れた別のコロニーで生存していることを知り、モンスターたちが待ち構える危険地帯を抜け、エイミーのいるコロニーを目指す……という物語。
パラマウント映画が3000万ドル(約33億円)の製作費を投じた大作で、2020年の3月に全米で拡大公開される予定だったが、コロナ禍で約1年延期。最終的には21年の2月に限定劇場公開と同時に配信公開となり、日本を含む世界の多くの地域の権利をNetflixに売却、Netflixが4月14日に世界同時配信を開始した作品だ。予告編を見て、去年からかなり期待していたのだが……。
確かに、今年のアカデミー賞で視覚効果賞にノミネートされたVFXの数々、特にモンスターの登場シーンは迫力があり、各種モンスターの造型も面白い。モンスター映画として見れば、それらの見せ場が充実しているので及第点かもしれない。だが、主人公の冒険と成長を描く、独白だらけの脚本があまりにも幼稚な上に、心情説明が過剰で回りくどく、基本的に作り手たちに“世界の終わり”を真面目に描く意図が微塵もないので、ただ設定としての核戦争後の世界という絵空事があるだけで、作品に緊張感が乏しく、残念ながら大人の鑑賞には堪えない作品となっていた。
ハリウッド系作品が描く“世界の終わり”には最近、世紀末的世界を遊園地のように描き、薄っぺらな絵空事のなかに登場人物を無邪気に遊ばせるような作品が少なくない。さらに人種差別やジェンダー問題を意識し過ぎ、そこに忖度して不必要に様々な人種をキャストに配したり、暴力を抑え過ぎたりで、リアリティも刺激もなく、社会風刺の乏しい、型にはまった薄味の娯楽作が増えている。
それに比べ、勢いに乗る韓国ドラマの描く”世界の終わり”は、常に新味を探り、まだまだ攻めている。それらは、すでに語られた同傾向の物語の数々を研究、消化吸収し、再構築した斬新かつエンタテインメントな未来の物語のなかに、現代社会や、社会がいま抱えている問題の数々をしっかりと巧みに描き込んでいて、見応えがある。
「太陽の末裔 Love Under The Sun」「トッケビ 君がくれた愛しい日々」などのヒットメイカー、イ・ウンボク監督の最新作で、韓国の人気ウェブ漫画(Webtoon)の作品を映像化した「Sweet Home 俺と世界の絶望」は、第1シーズン全10話で制作費2700万ドル(約30億円)をかけた、韓国ドラマとしては破格の超大作。
ある日、何かに感染した人々が突如醜いモンスターと化して、生きた人間を襲いはじめた世界。老朽化した高層アパート“グリーンホーム”に住む様々な世代の住人たちは、モンスターたちに囲まれ孤立無援となったその建物に立てこもり、サバイバルを繰り広げていく。
基本は“ゾンビ”ものの亜流といえるが、いわゆる蘇った死者は登場せず、原因不明の何かが、人間をモンスター化させているという設定。その理由はまだ明かされていないが、その部分が今後物語の重要なポイントになる気配を漂わせている。
これまで映画やテレビで描かれた“ゾンビ”による世紀末ドラマの数々を踏まえているだけでなく、「ミスト」「デビルマン」「進撃の巨人」などなど、様々な終末系作品をしっかりと研究して、まったく新しい“世界の終わり”を、知的かつ戦略的に語る物語。訳ありの過去を背負った複数のキャラクターが絡み合い、緊張感を保ちながら対立と協力を繰り広げる脚本の見事な構成、モンスターやクリチャーのVFXに肉体を駆使したアクションのパワフルな見せ場と、エモーショナルな人間ドラマをバランスよく見せる演出の切れ味、原作の平面的なビジュアルを奥行きと高級感のある映像に仕上げた技術力、Netflixドラマの人気作「恋するアプリ Love Alarm」のソン・ガンを中心に、若手からベテラン、トップスターから名脇役までがしっかり顔を揃え、身体を張った熱演を繰り広げる魅力的なキャスティングまで……、全10話、劇場用映画に引けを取らないクオリティを保ちながら、ほとんど緩むところがない。
映画の2時間程度の限られた時間では描ききれない様々な過去や背景、感情など、ドラマだから描ける細部の面白さは、スケールが大きく、登場人物が多い物語であればあるほどより際立つ。
「Sweet Home 俺と世界の絶望」は、数あるNetflixドラマのなかでも屈指の出来であると同時に、これは、世界の最先端をいく“世界の終わり”を描いたドラマといえるだろう。第2シーズンが待ち遠しい。
もう一つ、”世界の終わり”を描いたNetflixの韓国ドラマの新作が、ドラマ「ドクター異邦人」「青い海の伝説」などのエース監督チン・ヒョクの最新作「シーシュポス The Myth」。
こちらは何と、朝鮮半島で核戦争が勃発し、壊滅状態に陥った韓国の未来から、核戦争を阻止するためにタイムトラベルでやってきたヒロインと、核戦争を阻止するためのキーパーソンにしてタイムマシンの開発者である天才エンジニアとのロマンスを軸に、トラベラーたちを逮捕、監禁する警察の秘密組織“取締局”、さらにシグマと呼ばれるすべての陰謀の黒幕たちがスリリングなチェイスを繰り広げ、死闘を演じるSFアクションだ。
「悲劇的な過去を書き換え、よりよい未来を目指す」というタイムパラドックスをテーマにした物語は、数多くの映画、ドラマで描き続けられてきた韓国映像エンタテインメントの国民的モチーフ。このドラマでは、単なる個人的な過去の精算や悲劇の回避ではなく、個人の悲劇の複合体としての母国の過去を変えるために奮闘する主人公たちを描き、現段階における韓国式タイムパラドックスSFの集大成を目指している。
タイトルの“シーシュポス”とは、ギリシャ神話に登場する、終わりのない徒労を永遠に続けさせられる人物だが、ここではタイムトラベルを繰り返しながら過去を変えることが出来ずに同じ事を繰り返し続ける主人公たちの運命に重ね合わせ、その比喩として使われている。
「Sweet Home 俺と世界の絶望」の完璧さには程遠いし、タイムトラベルに関する強引なご都合主義は突っ込みどころも満載だが、全16話、緊張感をほとんど緩めず、よくまとまった脚本を最新のVFXを駆使してしっかりと描いて楽しませる。ただ、主演コンビ、パク・シネとチョ・スンウには、このフィジカルなアクション満載のドラマは少し荷が重すぎた感がなくもない。ふたりとも随所で危険なシーンも数多くこなし、頑張ってはいるものの、正直このふたりが運動神経抜群には見えず、どうしてもリアリティが希薄になるシーンが多々あった。
それでも、起こってしまった北朝鮮との核戦争をどう阻止するか?という大胆な作劇は十分に刺激的で、その物語のなかに、しっかりと現代の韓国やそこで暮らすことの様々な問題や不条理が描き込まれ、“世界の終わり”を描きながら、それを回避するための、見る価値のある物語になっている。
どんなに突飛な物語のなかにも、基本的に“現在”を描く鏡としての役割を忘れない徹底した作劇姿勢は、韓国ドラマの面白さのベースとなっている。そして、韓国ドラマはすでに、映画では描き切れない、長時間ドラマならではの魅力と快楽を把握しきって、さらにどんどん質を向上させ、バラエティに富み、面白くなっている。
コロナ禍による配信サービスの歴史的好調によってそれはさらに加速し、韓国ドラマ界はますます活況を呈し、成長を遂げている。韓国ドラマは間違いなく、世界の映像エンタテインメントの最先端を走っているのである。
筆者紹介
江戸木純(えどき・じゅん)。1962年東京生まれ。映画評論家、プロデューサー。執筆の傍ら「ムトゥ 踊るマハラジャ」「ロッタちゃん はじめてのおつかい」「処刑人」など既存の配給会社が扱わない知られざる映画を配給。「王様の漢方」「丹下左膳・百万両の壺」では製作、脚本を手掛けた。著書に「龍教聖典・世界ブルース・リー宣言」などがある。「週刊現代」「VOGUE JAPAN」に連載中。
Twitter:@EdokiJun/Website:http://www.eden-entertainment.jp/