コラム:若林ゆり 舞台.com - 第94回

2021年1月15日更新

若林ゆり 舞台.com

「パレード」でとにかく度肝を抜かれたのは、演出の斬新さだ。八百屋舞台(傾斜がある舞台のこと)には大きな木が1本、どっしりと立っていて動かない。そして冒頭、南軍戦没者追悼記念日に誇らしげに行進する南軍の帰還兵に降り注いだ紙吹雪。これが、片付かないばかりか終幕までずーっと降り続け、いろいろなものを象徴するのだ。これには演劇の力を痛感させられたが、演じる方は大変なのでは?

「演劇って、リスクを伴う方が刺激的だと思うんです。上から降り続いた紙吹雪は、最後には晩秋の落ち葉くらいに積もります。そこで俳優に何が起こるかというと、自分の立ち位置を示す印が見えない。その上、すごく滑るんです。なおかつ舞台には傾斜があって、さらには盆(劇場の床が円形にくりぬかれ、回転する部分のこと)が回る(笑)。その三重苦、四重苦の中で、何事もないように演じて次の場面へスムーズにいかなくちゃいけない。非常に難易度が高かったのですが、森さんがそのセットと演出に挑んだ結果、最後にすごい効果を生み出したわけで。エンディングも強くて、お客さんがもう、どう心の中で処理していいかわからなくなるような幕切れなんです。初演の時は『森新太郎、勝利!』という感じでしたね。演劇界、ミュージカル界の人たちもたくさん見に来てくれて『頭をハンマーで殴られたようなショックを受けた』『こんなミュージカル作品が日本でも上演できるようになったんだね』など、すごい反応をもらいました」

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公演チラシには「まだ終わりじゃない――」という文字が躍っているが、森による演出は、まさに「終わりがない」ものだそう。

「森さんは、稽古中にその場で湧きあがったものを取り入れて、どんどんチャレンジしていく演出家。『よりよくしよう』という思いがそうさせるんでしょう。前回、幕が開いてからも劇場にできる限り来てくださり、そのたびに次の課題を残していかれるんです。普通は幕が開いたらもうそれで決まりですよね。でも森さんはそうじゃない。つねに『まだ何か新しいことができるんじゃないか』と思いながら挑み続ける演出家なんです。僕ら俳優は彼の出してくる課題にどう対応しようかと必死でしたけれど、それが必ずいい効果を生むので、彼を信じて臨みました。僕もそうですが森さん自身、ゴールを決めない人間ですし、情熱の灯が絶えることがない。だからこそ、まだ終わりじゃないと思いましたし、この作品をもう一度世に問いたかった」

今、世の中は激変し、アメリカ社会では「BLACK LIVES MATTER」運動など、相も変わらず人種問題に揺れている。そして世界中でSNSによる誹謗中傷がはびこり、人の命を奪う事件も急増。この作品が訴えるテーマは今、また新しい意味を持つのではないか。

「トランプ政権になってアメリカはずいぶん変わり、民族間の溝はより深まったんじゃないでしょうか。他の国の状況ですけれども、他人事ではない感じがしています。人間ってやっぱり人を区別したり差別したりする生き物ですから。アメリカを知るという意味でも意義があるし、人間という存在の脆弱さを我々に訴えかけてくる作品だと思います。日本でも顔の見えない中傷が増えたと思います。差別や分断の問題は、レオ・フランクが生きた100年前と何ら変わっていないんです」

2017年の舞台「パレード」より。妻ルシール役の堀内敬子(左)と、レオ役の石丸幹二
2017年の舞台「パレード」より。妻ルシール役の堀内敬子(左)と、レオ役の石丸幹二

再演がこのコロナ禍という時代に重なったが、「僕らが今、これをやる意味はあると思う」と、石丸は言う。彼自身、舞台生活30周年を迎えた今年、中止になったステージも多く「人が生きるために必要ではないこの仕事が真っ先になくなるのでは」と、不安を感じる日々を過ごしたそう。それでも「待っていてくれる人がいる」ということだけは信じられた。

「今、劇場に足を向ける決心がつかない人がいるのもよくわかります。でも、もし劇場に来られる条件を揃えられたなら、迷った末にもし見てくださったなら、きっと演劇の力を感じていただけるはずです。必ず心に『なぜ?』『自分ならどうしていた?』という問いが生まれると思うので、ぜひその答えをご自分の中で出してほしいと思います」

ミュージカル「パレード」は2021年1月15日~31日に、東京芸術劇場プレイハウスで上演される。以後、大阪、愛知、富山公演あり。詳しい情報は公式サイト(https://horipro-stage.jp/stage/parade2021/)で確認できる。

※1月14日追記
 このインタビューの後、1月2日に石丸幹二を含む公演関係者2名の新型コロナウィルス感染が確認され、全員がPCR検査を受けた結果、4日にはさらに2名の感染が確認された。いずれもその後の経過は良好で、石丸は10日に稽古復帰。しかし保健所・医療機関の指導に基づき、15日の初日から17日の昼の回(12時30分開演)まで4公演の中止を発表した。その後、新たに17日の夜の回(18時開演)から公演が実施されることが決定。今後のスケジュールや、中止された公演のチケット払い戻し方法などは、公式サイトで確認できる。

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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