コラム:若林ゆり 舞台.com - 第69回
2018年7月12日更新
第69回:世界的スター、ラミン・カリムルーがミュージカル「エビータ」で日本へ愛を捧げる!
では今回、チェに魂を吹き込むために必要だったことは?
「演じるキャラクターがどんなに自分とかけ離れた人間であったとしても、どこかに1つは自分との共通点、共感できる点を見つけること。それが1つ見つかれば、そこから広がっていくからね。今回の場合は、自分が世界を見る目、というところかな。僕はアメリカ人ではないけれど、アメリカには長く住んでいるから政治についてもいろいろ見聞きするよね。それはイギリスについても同じなんだけど、どこの国の政治家も、国を分断するような振る舞いをしている。いまは世界中で、政治的にナンセンスな出来事が新聞やメディアにあふれているじゃないか。それを知ったときの気分、フラストレーションは、チェが感じていたものと相通じると思うんだ。失望感や怒りが大きくなると、自分自身の無力感へと転じていく。それが今回、僕が感じたチェとのつながりだよ。この部分は世界中で共感を呼ぶんじゃないかな」
ここは、日本人でも共感すること必至!
それにしても不思議なのは、彼がミュージカル俳優を目指しながら、特別な演劇教育や声楽のレッスンを受けていないということ。すべて独学だというから驚きだ。彼はどうやって、自分の声を発見していったのだろう。
「自分の中に語るべきストーリーが生まれた瞬間に、自分の声を見いだすことができるんだ。たとえば『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンなんて、演じる前にはちっとも歌えなかった。『バルジャンをやってくれ』と言われたとき、最初は『できない』と断ったんだ。でも引き受けてからは、必死になってストーリーを掘り下げたよ。そうすると、バルジャンと僕との間に絆が生まれる。『おお、そういうことか』とピンとくる。何を歌えばいいかが見えてくるんだ。それで初めて、見えたものに従って声も決まってくるわけさ。面白いよね。8年前に『オペラ座の怪人』でファントムをやったんだけど、いまこの役をやるとしたら、8年前とはまるで違った歌い方になると思う。だってその間に僕の人生は回っていき、変わっていき、めぐっているから。年も重ねた。そうすると、同じ歌詞でも自分にとっては違う意味合いを持つことになるんだ」
そんなカリムルーでも、舞台に立つとき緊張することはある?
「あるよ。でも、ナーバスというんじゃなくて、心が蝶々のはためきみたいにハタハタする感じかな。ナーバスな緊張は、準備ができていないことが原因で起こってしまうものだと思う。準備さえちゃんとしていればそこは大丈夫なんだけど、早く舞台に出たい、やりたい、という興奮に似た緊張はいつも感じている。それでこそ、『長いキャリアの中でも、こういう自分は初めてだ』と感じられる、お客様にも『こんなラミンは初めてだ』と思っていただけるような、新しいものをお見せできるんじゃないかな」
ブロードウェイやウエストエンドで頂点を極めたエンターテインメントを、飛行機にも乗らず、この日本で堪能できるというのは本当に素晴らしいこと。カリムルーはこれまでにも、単独コンサートや城田優らと共演した「4 Stars」、日本初演のショー「プリンス・オブ・ブロードウェイ」などで、何度も日本の舞台に立ってきた。今回も「日本で公演できる喜びをすごく感じている」と、カリムルー。そこには「いつも長い距離を旅してまで僕の舞台を見に来て、サポートしてくれる日本のファン」に対する熱い思いがある。
「僕は日本のみなさんに、永遠に返せないほどの恩を感じているんだ。みなさんの愛とサポートのおかげで、僕は何度も日本に来て、いまもここにいられる。大きな感謝を捧げたい。そしていま、西日本がひどい災害に見舞われているのを知って、心を痛めている。渋谷の劇場で僕たちは喝采を浴び、幸せな公演をやらせてもらっているけれど、たった2、3時間移動したところではそんな大変な状況に陥っているなんて……。被災なさった方々に、心からのお見舞いと愛とサポートを送りたいと思っています」
ミュージカル「エビータ」は、東急シアターオーブで7月29日まで公演中。詳しい情報は公式サイトまで。
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka