コラム:若林ゆり 舞台.com - 第66回

2018年4月6日更新

若林ゆり 舞台.com

第66回:長塚圭史が「スリー・ビルボード」のマクドナー戯曲でブラックな笑いを引き起こす!

具体的には、「スリー・ビルボード」のどこがそれほど気に入ったのだろう。

「芝居だと、場所の転換は2回か3回がいいところだから、なんとなく先が読めちゃったりするんです。でも映画ではそこは自由ですし、そういう舞台にはない自由さを軽やかに楽しんでいるという感じがしました。先が読めないまま最後まで見ることができたし、荒唐無稽で非現実的な事象の放置のし方が痛快です。それに、『ハングマン HANGMEN』もそうなんですけど、短い役割でその人の人物背景が浮かび上がってくるつくり方、台詞のあり方。僕が好きなのは、死ぬ前の娘とミルドレッドのやり取り。それから、元夫が家にやってきて、動物好きな若い彼女がトイレを借りたりするシーン。息子のあり方もね、揉めに揉めた翌朝の、仲直りのし方に歩んできた時間を感じさせてくれます。舞台となった町も、ああいう感じで実在するかもしれないけど、あんな事件が起きるなんてことはあり得ないわけで、嘘の装置で心地よく巻き込んでくれた。そうそう結局、ウディ・ハレルソン演じる署長が最低、とかね(笑)。リアリティをもって僕は見たけど、終わった後に『……という冗談を見た』みたいな気もして(笑)。悪く言えば『脚本に転がされすぎ』なのかもしれないけど。いまのつまんない映画って全部回収して辻褄を合わせたりしているでしょう。そういうことをやめているから、かえって気持ちがいい」

撮影:若林ゆり
撮影:若林ゆり

その「スリー・ビルボード」を撮影する前、マクドナーが久々に演劇界への復帰を果たした「ハングマン HANGMEN」は、死刑制度が廃止となった日の前後、1963年と1965年のイングランドが舞台。絞首刑執行人(ハングマン)からパブの親父となったハリーの周辺では、謎の男、ムーニーの登場により事態が滑稽かつスリリングに展開していく。この作品では、面白さの焦点はどこに当てる?

「これ自体は猛烈なブラックコメディなんです。罪や善悪の判断ということも含め、大きな権力的な力やいろんな風習を面白おかしく描いている。単純に戯曲として、人間模様や家族の話としても、当時は有名人だった死刑執行人の話としても楽しめると思います。イギリスでハングマンは特殊な技術職でもありました。どうやったらその罪人を速やかに吊って死なせられるか。そういうプライドを抱きつつ、さらに冤罪などで人々のゴシップ的関心も集めつつ、という情景も実際にあったものであるから面白い。ただ、少々ややこしいなと思っている点がありまして。イギリスでは1965年以降絞首刑はないわけです。つまりそのままモラトリアムなどを経て廃止されたんですね。ところが日本には相変わらずある。これがとてつもなく皮肉な状況で。彼らのモラルと僕らのモラルは圧倒的に違う。それでもこの劇のコミカルさを日本人も面白いと思えるはずなんですよ。どうも、それが奇怪なんです(笑)。いま絞首刑が行われているのが先進国ではほぼ日本だけ、というのがどこかで認識として置けると、よりブラックなものになるかもしれないな、と思っています」

画像2

スリー・ビルボード」が気に入った人なら、この芝居の作劇にも間違いなくハマれるはずだ、と長塚は太鼓判を押す。

「演劇って限られた空間の中でやるから展開に派手さはないけど、この物語、恐いんです。何を考えているのかわからない、ムーニーという強烈なキャラクターの存在が面白みでね。『スリー・ビルボード』でサム・ロックウェルが演じたディクソンみたいな“特別なキャラ”を生みだしたなぁと思います。彼の存在が作品に不穏な空気を吹き込んで、エンターテインメントとして、サスペンスとしての緊張感を高めていく。同時に人物が滑稽に描かれているから、僕たちが真面目に、必死にやっていることがおかしくなっちゃう要素が強いんです。もしかしたら映画館で体験できなかった『スリー・ビルボード』のおかしみの部分が、『ハングマン HANGMEN』で体験できるかもしれないですよ」

「ハングマン HANGMEN」は5月12・13日 彩の国さいたま芸術劇場、5月16~27日 世田谷パブリックシアターで上演される。6月 ロームシアター京都ほか、地方公演予定。
 詳しい情報は公式サイトへ。
 http://www.parco-play.com/web/program/hangmen/

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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