コラム:若林ゆり 舞台.com - 第53回
2017年3月3日更新
第53回:「男はつらいよ」の原点となったフランス人情喜劇の瀧本美織がせつない!
そんな山田監督の演出は、細かいけれど愛に満ちたものなのだとか。
「目の前にレンズがあるかのような、舞台の上の風景を1枚の画として考えていらっしゃるという気がしますね。映画を撮っているような……。私は監督の映画はまだ経験していないですけど、その人自身を見ているというよりも、全体の中の動きを見ているという感じで。立ち位置のことなんかも細かく言われるんですけど、『そこにしっかり存在してほしいから、僕はうるさく言うんだ』って。なるほどなと思いました」
稽古場では、カフェの常連たちが織りなす愉快な情景にほのぼのしてしまうそう。
「本当にみなさん、かわいらしいです(笑)。マリウス役の今井翼さんもどこか少年らしい持ち味があってぴったりだなぁと思いますけど、おじさんたちがすごくかわいくて、笑っちゃうんです。自分が出ていないところでも、見ていて面白いし楽しいんですよ。たとえば柄本(明)さんが演じているセザールなんか愛らしい人柄がすごく出ていますし、見ているだけで勉強になります。(林家)正蔵師匠のパニスも、ご自身の人柄が反映されていて、ものすごくいい人ですし一生懸命なんですね。そういう姿を見ていると、『ああ、この人が旦那さんでもいいなぁ』って思えちゃいます。マリウスへの恋愛感情とは違った愛なんですけど、この人を大事にしたいって思える愛が生まれるんです」
自分を犠牲にしてまで恋しい人の夢を叶えようとするファニーのけなげさ、強さもまた、時代を超えて人々の胸を締めつけるだろう。
「すごい愛の形だなと思います。『その人の幸せが自分の幸せ』と思えるのは、ファニーの強さですよね。本当はものすごくそばにいてほしいのに……。マリウスの方が少し年は上なんですけど、やっぱり女性のほうが早く成熟するというか。だからファニーは、そういう大きな愛で包み込める器がある女性なんだと思います。私だったらファニーみたいに強くいられるのかどうか、わからないですよ。演じていてたくさん揺れるんですけど、自分の芯の部分はブレないものをもっていたいなとは思っています」
瀧本は昨年、「狸御殿」で初めてのミュージカルを体験。さらにこの夏にも映画を原作としたブロードウェイ・ミュージカル「ヤングフランケンシュタイン」が控えており、すっかり舞台に魅せられている。
「和製ミュージカル『狸御殿』ではさまざまなジャンルのエキスパートというべき方々が集まっていたので、自分にはないものを間近で見て刺激を受けましたね。何かを吸収できていたのかはわからないんですが、その上で私もそこに存在しているということを意識しながら演じて、すごく勉強になりました。舞台は映像とは違って、一度始まったらその世界観のまま幕が下りるまでそこに生きられるので、すごく生き生きできると感じるんです。歌も踊りも好きですし。今回も歌があるんですけど、監督がとても言葉を大事にされているので、いきなり歌うという感じじゃなくて。言葉のまま、そこにちょっと音がついたというくらいの感じを意識してやっています」
「音楽劇 マリウス」も、女優としての大きなターニング・ポイントになりそうだ。
「本当に愛にあふれた作品だなぁとすごく感じているんです。家族だったり、男女の愛ももちろんですけど、人対人っていうシンプルな人情がすごく染みるというか。みんな不器用なんですよ。ストレートに言えなかったり、届かない想いがあったり、どこか食い違っていったり。でもそんな不器用さが人間らしさだと思えますし、愛らしいんです。大人でさえかわいく思えて……。言葉で言うのは難しいんですけど、気持ちで感じている部分はたくさんあるから、それがにじみでるような舞台になればいいですね。精一杯、愛を注ぎたいと思います!」
「音楽劇 マリウス」は3月6~27日、日生劇場で上演される。詳しい情報は公式サイトへ。
http://www.shochiku.co.jp/play/others/schedule/2017/3/post_310.php
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka