コラム:若林ゆり 舞台.com - 第44回
2016年6月2日更新
第44回:小泉今日子ら俳優たちの演出家デビュー作に潜む格別なお楽しみ!
さて、ミュージカル界でも俳優の新進演出家が活躍中だ。「レ・ミゼラブル」のガブローシュ役など10歳のころからミュージカルに出演、その後「レ・ミゼラブル」のマリウス役や「ミス・サイゴン」のクリス役などで順調にキャリアを伸ばしてきた原田優一にとって、演出は幼い頃から「いつか本格的に」と願ってきたことだった。
「元々、自分で何かを作るということが好きなんです。小学校の学芸会で、自分で脚本を書いて『これやりたいんですけど』って先生に提出して、同級生たちを使ってやっていたくらい。高校生のときにも、ダンス公演を先生と共同で作っていましたね」
オフブロードウェイ・ミュージカル「bare-ベア-」で本格的に演出家デビューを果たす前にも、2013年に「KAKAI歌会」というショー作品で構成・演出・出演を手がけた。これが評価され、2014年に「bare-ベア-」のオファーを受けることに。出演はせず、演出だけの初挑戦だった。
「うれしかったですね。でも知らない作品でしたし、作品に惹かれたというより『演出ができる』という部分に食いついた感じでした。台本を読んだときも、何も浮かばなかったんですよ。どう見せたらいいかとかが全然。プロデューサーに『なんでこれを上演しようと思ったんですか?』って聞いちゃったくらい。主人公が迎える結末も『なんでこうなの?』って。台本を読んだ段階では理解できていなかった。作っていくうちに、作品の魅力にどんどん気づいていったんです」
物語の舞台は全寮制のカトリック高校。自分を模索し、葛藤する10代の姿をロックやゴスペルに乗せて描き出す衝撃作だ。
「主人公たちは大人になりきれていない、性的指向も自分のキャラクターさえつかめていない。でも、そこで彼らが溜め込んできたエネルギーが、10代が過去になってしまった僕たちへのメッセージとなって強く訴えてくるんですよ。エネルギーの放出というのはこの作品の特徴だと思います。ミュージカルの『RENT』とか『春のめざめ』にテイストは似ていますね」
2年前の初演出でいちばん苦労したのは「決断することの多さ」だったそう。
「役者をしていれば想像もつかないような決断を迫られるときが30秒に1回来るんです。だから家に帰って『夕飯どうする?』って言われたら、『ここでも選択しなきゃいけないのか』って嫌になるくらい(笑)。でも人とのコミュニケーションや日常生活の中でヒントをもらえることもある。初演のときは自転車で稽古場まで通ってたんですけど、公園にさしかかる同じポイントでバーンとアイデアが来ることが何度かあったんです。『キター!』って(笑)。そのまま稽古場に行ってやってみたら、みんなが『できたね!』って拍手が起こって。あの感覚は忘れられませんね」
今回は、2年前の成果にさらに磨きをかけ、「メッセージ性とエンターテインメント性の両方をもっと際立たせられるようにしたい」と意欲を見せる。
「メッセージは多岐にわたっていて、宗教だとか同性愛、アイデンティティとかいろいろあるんですけど、それを含めての大きなテーマに『赦し』があるんです。作品には10代の子たちの『聞いてよ』『わかってない』『わかってほしい』というフレーズが繰り返し出てきます。彼らは自分の考えていることをわかってほしくて、自分の個性を出そうとしているんですが、大人たちが壁を作ってしまう。その葛藤は文化を越えて共感できるところ。それに、最後には子どもたちが大人たちを赦すという逆転があって、そこも面白いんです」
演出家・原田優一の個性は、曲と曲の合間、ト書きのない部分に詰め込んだ「遊び」にも見えるはずだ。
「たとえば最後のシーンで、どの国のバージョンでもやっていないオリジナルの演出をしているんです。これは最大の挑戦であり、結末を左右するところなのでどうしようかと思ったんですけど、それを稽古場でやってみたときにキャストの女の子たちがワッと泣いたんですよ。『あ、これキタ!』と思って。そういうふうに反応を見ながら作っていくというのがすごく楽しみでした。今回もキャストとコミュニケーションを取りながら、より楽しめる舞台を作りたいと思っています」
オフブロードウェイ・ミュージカル「bare-ベア-」は6月30日~7月10日、シアターサンモールで上演。詳しい情報は公式サイトへ。
http://raisestage.com/index.html
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka