コラム:若林ゆり 舞台.com - 第35回
2015年10月6日更新
第35回:伝説の寓話的名作「ダブリンの鐘つきカビ人間」で佐藤隆太が初心に返る!
「ダブリンの鐘つきカビ人間」は、とても不思議な作品だ。物語の舞台は中世ヨーロッパを思わせる架空の町。アイルランドの田舎町のようで、なぜか日本の要素も当たり前のように混在するその町では、原因不明の奇病が蔓延している。主人公のカビ人間は、もともとは超イケメンで最悪な性格だった男なのだが、病のせいでそれまでの真逆、醜い外見とピュアな心の持ち主に外見と中身が入れ替わってしまった。このカビ人間が、思っていることの正反対の言葉しかしゃべれなくなってしまった娘、おさえと出会ったことで、物語は愉快な童話世界から、心に刺さり、いつまでも忘れられない結末へとなだれ込んでいく。
後藤ひろひと脚本・G2演出で上演された作品の中でも、これは間違いなく最高傑作のひとつ。筆者はパルコ劇場での初演(2002年、大倉孝二・水野真紀主演)を見たのだが、その衝撃はいまも鮮やかだ。こんなにも笑える悲劇があっただろうか? ファンタジーでありながら非常に入り込みやすい世界観、醜悪さと美しさに魅了された観劇体験だった。これが05年の再演以来、10年ぶりにパルコのステージに帰ってくる。今回カビ人間を務めるのは、「ROOKIES」など映画での活躍もめざましい佐藤隆太だ。
「いろいろな方からよく言われます。『名作だよね』って。ありがたくもあり、すごいプレッシャーでもあります」と笑う佐藤。彼自身、この作品の魅力に圧倒されていると語る。
「本当に、いろんな要素が素晴らしいバランスで詰まっている作品だなあと感じます。すごく笑ったのに、いつまでも心に残り続けるものがあるんです。めちゃくちゃ笑って『面白かったね』って気持ちで終わる作品は多々あるけど、「ダブリン」はそれだけで終わらない作品なんですよね。今回の上演台本を読んだとき、改めて脚本の力強さを感じたし、これをやらせてもらえるといううれしさをすごく感じました」
カビ人間は、その醜さゆえに周囲から忌み嫌われているという設定だが、観客からは心から愛おしく思われるキャラクターだ。
「愛される存在にしなくちゃいけないですね。彼は醜い外見になったからこそ、人の痛みがわかるようになった人間だと思うんです。すごくせつないんだけど、お涙頂戴みたいな芝居はしたくない。狙いたくないし、狙って出せるようなものでもないと思っています。強引に涙や感動を強要するような芝居にはしたくない。ただひたすらに、カビ人間の感情というものを突き詰めていきたいと思っています。G2さんはセリフのひとつひとつ取っても、とても細やかな演出をしてくださる方で、たとえば『それだとこういう風に聞こえてしまうから』と言ってくださったりして、『なるほどな、確かにそうだな』といろいろな発見ができています」
ドッカンドッカンと笑いを取る個性豊かなキャラクターたちの中で、カビ人間はある意味、辛抱役。屈託のない笑顔という佐藤が持つ最大の武器も、今回は生かし方が変わってくるはずだ。
「この舞台は笑えるところもあるんですが、カビ人間自身は笑いを取りにいっちゃいけない役ですからね。この前、稽古の合間に王様役の後藤ひろひとさんに『うらやましいでしょ』って言われたんです(笑)。『はい、うらやましいです』って答えたら、『でもダメ、カビ人間は笑わせに走っちゃ(笑)』って。それができなくて歯がゆい気持ちも多少はありますけど、おさえちゃんの役なんか、もっとストレスたまりますからね。僕はほどよいストレスを感じながら、それも役に生かしてやっていっている感じです」
そのおさえちゃんを演じるのは、東京パフォーマンス・ドールの上西星来。ユニットを離れての舞台出演はこれが初めてだという。
「上西さんはキラキラしてますね(笑)。年齢はひと回り以上も離れているんです。そうするとちょっと緊張感があって。でもすごく距離を取るわけでもなく、コミュニケーションもとれていますし、一緒にお芝居をしていて気持ちのいい人です。もちろん初めての経験で不安もいっぱいあると思うんです。でもすごくまっすぐに向き合っているし、G2さんの細かい演技指導にも応えて、自分の演技に落とし込んでいる姿を見ると刺激をもらえます」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka