コラム:若林ゆり 舞台.com - 第19回
2014年11月17日更新
第19回:伝説の映画スターが抱える葛藤のすべてを、たった数時間のドラマと歌であぶり出す「マレーネ」の芳醇
宝塚出身の女優の中でも、非常にユニークな地位を築いてきた旺。難易度の高い翻訳劇の主演も数多く務め、キャラクターの読み込みが深いことに定評がある彼女は、今回もマレーネの内面にきっちりと寄り添っている。
「マレーネの毅然とした反戦の意思というのが、『リリー・マルレーン』とか、『花はどこへ行った』なんかに現れているんですね。淡々とそれを歌いつづけることが、彼女の反戦の形。だからショーの場面でも、その後ろに戦争とか歴史とか彼女の苦悩とかが、お客様にもスライドのように見えてくるようなものにしたいんですよ」
戦争に対するマレーネの葛藤に思いをはせたとき、旺の心に浮かんだのは阪神大震災のときの経験だった。「あの震災のとき、神戸の劇場で公演中だったので被災しているんですが、地震の後すぐ、役者たち20人くらいで歩いて逃げたんです。その道中に土砂が崩れたところがあって、『いまここを掘り返したら、まだ生きている人がいるんじゃないか』って思ったんですね。でも、そのときは一緒に行動しているみんなに迷惑をかけてはいけないと必死で……。そのときに全員で何かしていたら、1人か2人、助けられた人がいたんじゃないのか、っていまでも思うんです。だからマレーネが、故国でのナチスの虐殺を知らなかったって自分に言い聞かせて、でも、あえて見ないようにしたかもしれないって言うときの気持ちがわかるような気がしています。年老いて振り返り『私の人生はこれでよかったの?』という問いに行き着く彼女の葛藤が」
稽古場には、マレーネの皮肉たっぷりな言葉が響き渡っている。演出の三輪は翻訳家でもある(大浦さん主演の「マレーネ」には翻訳家として参加)だけに、言葉の扱いが非常に丁寧。せりふに込められた背景や隠れた意味、アイロニー、深層心理や滑稽さを丁寧にすくい取っていく作業は、スリリングでワクワクさせられる。意外に感じたのは、マレーネが実に滑稽で、これが非常に笑える芝居なんだということ!
「マレーネは貴族の教育を受けたお嬢様ですから、足を出して映画に出るなんて当時だったら大ブーイングだったと思うんですけれど、それを彼女は自分で選んだ。自分に厳しくて、自分が完璧に仕事をしているという自負があるからこそ、それをやっていない人に対してはブチ切れるわけですよ。何をやっているんだ、と。でもそのキレ方が普通じゃない(笑)。でも人間味があって、非常にチャーミングなんですよね。ギャアギャア言ってても憎めないの(笑)。そこを三輪さんももっと掘り下げようということで、かなりユーモアが炸裂したものになると思います」
演出の三輪によれば、旺は「非常に触発してくれる存在」だという。「稽古中に1回言ったダメ出し……というより提案を、1を言ったとしたら10を返してくれる人なんです。しかも歌が素晴らしい。今回は歌の間にせりふがあって、そのせりふがマレーネの心の奥底をあぶり出してくる。それが凝縮されて、ウイスキーの雫みたいにポッと落ちてくる感情が、歌として出てくるような感じがするんですよ。すごく芳醇です。それから、ユーモアですね。欧米の作品って読むと四角張っているんですが、観ると実にコミックなんですよ。シリアスなお芝居でもギャグとかユーモア、ウィットといった笑いの要素が必ずあって。この作品も実は、コメディ8割。あとの2割が旺さんのおっしゃった、本当に人間の奥底に深く触れるところ。私たち日本人は、シリアスなものに同調する感受性を深くもっていると思うんですけど、生真面目になりすぎるという罠に陥りがち。もう深いものはある。だからなるべく軽やかにバブルを噴き出していって、たま~にゴボッという泡が破裂したときに、中に真実が見える。そんな舞台にしていけたらと思っています」
映画でマレーネを知った人も、きっとこの舞台を見ればもっともっと好きになるはず、と旺は言う。
「みんながかわいいかわいい女優ばかりだった時代に、『なんか私に用でもあるの?』みたいな、あんなに高慢な出方をして(笑)。そんな女優はほかにいなかったと思うんですけれど、実に美しいし、彼女の言葉を借りれば『カメラに愛された』。映画で彼女を知った人たちはこの舞台を見て、映画の中にいたマレーネはこれだけの思いをし、こんなふうに生きてきたんだということを感じて、その上でもう一度、彼女の映画を見てほしいと思うんです。映画だけのファンで終わらないで。こんな悩みを抱えていた人間だったんだと、ぜひ知ってほしいと思うんです」
「マレーネ」は11月18日~24日まで赤坂RED/THEATERで上演される。詳しい情報は劇場のサイトへ。http://www.red-theater.net/article/15102156.html
コラム
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka