コラム:若林ゆり 舞台.com - 第122回
2024年3月6日更新
第122回:安蘭けい&浦井健治が豪華共演陣と「カム フロム アウェイ」で届ける慈愛と希望のハーモニー!
世界史上でも類を見ない悲劇、9.11(世界同時多発テロ事件)の衝撃は、計り知れないものだった。しかしその裏側では、人と人との心が触れあうさまざまなドラマが生まれ、傷ついた人の心を癒していたのもまた事実。「カム フロム アウェイ」は9.11の翌日から5日間に、実際に起こったドラマをブロードウェイでミュージカル化した作品だ。テロ事件のあおりを受けた38機の航空機を、カナダのニューファンドランド島ガンダーの空港が受け入れたことで生まれる、訪問者と住民たちの混乱、困惑。そしてその先に見えたものとは?
たった12人の出演者が100人近い登場人物を演じ分け、100分の間に多彩な、濃密なドラマが交錯する。人種や立場の違いを乗り越えたやさしさと希望の物語は観客の胸を打ち、トニー賞7部門でノミネートされ、演出賞を受賞。Apple TV+で舞台の映像化もされた。
この珠玉の名作が、日本人キャストでこの3月に上演される。挑む12人は、「よくこれだけの逸材が集まったな」と感心するほど豪華。日本のミュージカル界を代表するメンバーが勢揃いだ。そのなかから安蘭けい、浦井健治のふたりに話を聞くことができた。
※本記事には、舞台のネタバレとなりうる箇所があります。未見の方は、十分にご注意ください。
まずはニューヨークでこの作品を観劇したという安蘭に、その感想を聞こう。
安蘭:本当に期待を裏切らない作品で、すごく新しいミュージカルを見たように感じました。役者12人が椅子やセットを運んで、自分たちでセッテングして、なおかついろんな役を演じているのを見て「うわぁ、本当にすごいな!」と。これが実話ということにも驚きましたね。「あの悲惨な事件の裏側で、こんなことがあったんだ!」と。それを伝えるために、「アメリカのミュージカル製作者の人たちっていろんな挑戦をするんだな、素晴らしいな」と思いました。
舞台でしか、ミュージカルでしか表現できない作品と言えるのだろうか。
安蘭:そう思います。だから見ながら「これをストレートプレイでやったらどうなんだろうな」と思ったんですよ。もしかしたらちょっと重くなるかもしれないし、入っていきづらいかも。やっぱり音楽の力があってこそなんです。曲にしても、けっこうポップな曲があったりしてね。シーンによっては笑えるところも多いんです。9.11の話と聞くと「暗いのかな」と思うでしょうけれど、それだけじゃない。「人は人同士で助け合えるんだよ」とか、明るいメッセージがあるんです。意外なほど楽しんで見られる作品ですね。
浦井は、台本を読んでまず「日本でこれをやる難しさ」を感じ戸惑ったという。
浦井:シーンがどんどん変わっていったり、役がどんどん変わっていったり、それが短いセンテンスで繋がっていくので、読んでいるだけだと「あれ? なんだっけなんだっけ?」となってしまうところがあったんです。でも音楽でシーンが繋がっていくと、いろいろなことが総合的に見えてくる。9.11の翌日からの5日間、ガンダーという町の島民と、各国から来た38機の“カムフロムアウェイズ(遠くから来た人たち)”がどんな交流をしたのか。島の特性も含めて、音楽に乗ることで作品がエネルギーに満ちたものになっていることがとても印象的でした。
全キャストは、ブロードウェイで緻密につくられたこの作品を、製作者の意図通りにそのまま演じなければならないというミッションを負っている。
安蘭:芝居も、まず振り付けみたいな感じで、「あなたここでこう動いてね」と動きを付けられます。それからそうして動いた後、なぜこう動くのかということを、自分たちで埋めていくんですよ。前半の稽古では、その作業に明け暮れていました。
浦井:すごく緻密だから、ワンエイト(音楽に合わせた1から8までのカウント)のなかで、カウントごとにみんなが全部違う動きをして。単語ひとつに、ひとつの動きがあって。その人の座る椅子がその人の意思を持っていたりとか、すべてに意義がある。オリジナルのスタッフに「最初からこういう振付がつけられたわけじゃないんだよ、初演のみんなで話し合って作っていったんだよ」と聞いて、ステージングが味方してくれる舞台になるなと思いました。
安蘭:そうそう、そこを我々は信じてやっていくんですが、最初は「なぜ?」というところにいて。役者と演出家とで、どんどん埋めていくような感じでした。
どんどん腑に落ちていく過程にも、得がたい楽しみがあるのでは?
安蘭:そうですね、意味のない動きがないから。意味をもたせると、「あ、そうなんだ!」となってくる。「このイスを動かすときに、私は別にここにいなくていいけど、ほかの人にはここにイスが必要だったんだ」みたいなね。
浦井: 5日間の奇跡のなかで、島の人たちもいままでの人生とは違う出会いがあって、一生懸命に動いていたんだろうなと。それがステージングにも表れていると思います。みんなで人のために一生懸命動いて起こったことが、エネルギーとして発散されているからこそ、100分でお客さまは体験できる。いかに僕たちのエネルギーで熱を出すか。プロデューサーが今回、「個性豊かで粒揃いの役者を揃えるということに特化した」とおっしゃっていて、僕が言うのもアレですが、それはある意味ではそういうエネルギーを発することができる……。
安蘭:個性派を集めたんだよね。でもそれぞれの役の動きというのは、日本演出版として変えることができないので、そのままやることになる。たとえば、クミ(森公美子)さんの役を演じたのはもともとガンダーの人で、人のためにいろいろな仕事をこなした人だから、クミさんはやる手が多くて、もう大変。だからってその手を、クミさんの代わりに私がやるというわけにはいかないんです。
それにしても個性が豊かすぎる、濃ゆいメンバー。稽古場でどうなることかと思ったが、そういう稽古であれば、キャスト同士にも支え合いが生まれている?
安蘭:もうすごく。めちゃくちゃ支え合っていますね。私も最初は「誰がまとめるんだろう?」と思った(笑)。でも、ぶつかり合ったりすることはない。それぞれやりたいようにやっているんだろうけど、自然とまとまるんです。意見する人は決まっていますけど、だいたい(吉原)光夫さんかクミさんか。言いたいことを言えない人もいるから、光夫さんがすごく周りの空気を読んで言ってくれたりして。
浦井:そこには愛がないとそんなことはできないから。みんなのためを思って、愛で包んで動いている。そういうところにも信頼関係は成り立っていると思いますね。
宝塚ではトップスターとしてリーダーシップを発揮した安蘭も、きっと共演者から頼られる存在なのでは。
安蘭:そうね、どうしても私の気質が「ついて来い」みたいになっちゃうので(笑)。パッと言っちゃうことはありますね。みんな頼りにはしてないと思いますが。
浦井:してます! してるんですけど(笑)! トウコ(安蘭の愛称)さんも光夫さんも全体を見ながら、役割を果たしてくださっている。キャストのみんなのことを考えてというのももちろん、演出家たちを助ける部分でも、日本語圏としての意見を役者が率先しているのも、スタッフさんがそれをちゃんと見守っているのもすごいなと思います。本当にみんな百戦錬磨だから。
安蘭:そうなんだよね。そうそう。だから、誰が言ったとしても「この作品のために言っているんだな、やっているんだな」というのがわかるから。みんながみんな、それぞれを尊重しているの。
浦井:みなさんこの現場を気に入っているから、お互いのために「一生懸命やりたい」と思えるメンバーだからまとまるんだろうなとすごく思います。
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka