コラム:若林ゆり 舞台.com - 第115回
2023年6月30日更新
この映画が公開されてから舞台版ミュージカルが誕生するまでには、18年の月日が流れていた。その間にラーマン監督が自分でミュージカル化をしようと考えたこともあったそうだが、結局は作品の生みの親にはならず、作品にとって「よき祖父」である道を選んだという。
「僕がデビュー作『ダンシング・ヒーロー』を撮ったときは29歳から30歳ぐらいで、この『ムーラン・ルージュ』のときは38歳ぐらいだったんだ。そして歳月を経たいま、この舞台版をつくるとしても、僕はもう当時の自分には戻れない。その時点で僕は50代になっていて、もう映画をつくったときと同じような感性はもっていないと思った。だから自分でやるよりはむしろ、38歳の自分と似た感性を持ったアーティストに任せた方がいいと気づいたんだ。そして(舞台版の演出を手がけた)アレックス・ティンバースは、まさに38歳頃の自分を彷ふつとさせる人だった。アレックスと出会ったのは、友達宅でのディナーパーティで、隣の席になってね。そのとき彼の話を聞いて、彼こそがまさに適任者だと思えたんだよ。だから彼らに任せて、僕は彼らの仕事がうまくいくよう祖父の立場からサポートをしようと決めた。一歩引いた祖父の立場から、子育てに行き詰まった彼らにアドバイスをしたり意見を出したりして、役に立てたこともあったと思う。ミュージカルの成長を思えば、彼は正しい親だと思うし、僕は正しい祖父だったと思うよ」
そして、ラーマン監督が手塩にかけた映画は、若い才能によって舞台ミュージカルとして新たな命を得た。生まれ変わった作品がステージの上で新たな魅力を発揮し、観客を熱狂させているのを目の当たりにしたときは「最高の気分だった」と、ラーマン監督。
「それは僕にとって、本当に新しい経験だった。もうこの年齢になると新しい経験というのはなかなかできないものなんだけれどね。僕が20年も前に作った映画の舞台版を実際に見たとき、完全に観客としても楽しめたと同時に、特別なつながりを感じてもいた。自分がつくったショーなんだけれど、自分がつくったショーではできないような形で見ることができたんだから。それはもう楽しかったよ。もし自分が生みの親になっていたら、こういう体験はできなかったと思う」
とくにグッときたシーンや、お気に入りのシーンは?
「それはもういっぱいあるよ。革新的なシーンがけっこうあるし。とくに挙げるとすれば、2幕のオープニングだね。信じられないくらい素晴らしいと思う。クオリティが高くて、技術的にも音楽の複雑さも、ダンスのレベルだけでもセンセーショナルだ。それから、これまでにいろいろな国で何回も見ているけど、どのプロダクションでも悲劇性のあるエンディングがとてもシンプルに明かされることに驚くよ。それが、すごく効果的だと思うから。とくに日本ではそれが強く感じられた。僕はアレックスのとった解決法がとても好きなんだ。そして、この悲劇の後でクリスチャンがまたこの物語を書き始めるという構成。これはアレックスが本当にいい演出をしたなと思うし、いつもグッとくるところだ。ここにはクリスチャンというひとりの青年の成長がクッキリと浮かび上がっている。これはある種の神話のようなもので、物語の根底にはひとりの青年が、若さゆえの理想主義から愛を知って失うことで苦しみ、そして成長していくという道がある。それは映画でも僕が最も伝えたかったテーマのひとつだった。だから、そこにもすごく満足しているんだ」
映画を原作としたミュージカル作品は、非常にたくさん生み出されている。ラーマン監督の考えでは、映画をミュージカル化する上で最も大切なことは「その映画を熟知して、新しい解釈をすること」だという。
「まずはその映画を本当に知って、愛さなくてはね。映画から舞台にするというのは非常に複雑な仕事だし、いろいろなバランスをとらなければならないし、そのプロセスは困難に満ちている。でもまずは映画に触発されて、インスパイアされなくてはいけないと思う。映画を愛する人たちが絶対に見たいと思う要のシーンとか瞬間は必ずあるものだから、期待に応えてそれを提供しなきゃいけないんだけれど、同時に新鮮で、まったく新しいもののように感じさせなきゃいけないんだ。型にとらわれることなく、相反するふたつの条件を満たすことが求められるわけだから、非常にトリッキーな道だよ。だから大事なのは、作品におけるソウルフードのようなものを見逃さないこと。食べて癒しになるような、ホッとする食べ物。でも、それは新たな解釈によって新しい調理がなされて、まったく違う味わいをもつべきなんだ。それには適切な再解釈が不可欠で、このミュージカル版においてそれをやってのけたことが、アレックスの偉大な功績だと思う」
自分の映画のミュージカル化ではないかもしれないが、いつか舞台ミュージカルを演出してみようという気持ちはもっているというラーマン。しかし、それより先に、映画「ムーラン・ルージュ」の「特別映像版」が見られるかも!
「オリジナル映画から十分な時間が経過しているので、また新たにスペシャルな映像作品をつくれるのではないかと考えているんだ。まだどんなものになるかはわからない。映画でなければ、特別番組かもしれない。ストリーミングサービス版とか、いろいろな可能性があるよね。どんな形かわからないけど、何かしらのスペシャル版ができるはずだ。自分でも見るのが楽しみだよ」
「ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル」は、8月31日まで東京・日比谷の帝国劇場で上演中。詳しい情報は公式サイト(https://www.tohostage.com/moulinmusical_japan/)で確認できる。
コラム
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka