コラム:若林ゆり 舞台.com - 第101回
2021年10月14日更新
第101回:ミュージカル「October Sky -遠い空の向こうに-」でロケット級の急成長を見せる甲斐翔真が追う夢!
どんな逆境にあったとしても、どんなに無謀と思われようとも、「絶対に叶える」と強く思える夢さえあれば未来は切り拓くことができる。「遠い空の向こうに」(原題:October Sky)は、そんな夢を持った少年と、彼を支える人々の思いを描いた青春映画。元NASAのロケット技術者、ホーマー・ヒッカムJr.による自伝小説「ロケットボーイズ」を映画化したこの作品は、見る者の心を揺さぶる真の珠玉作だ。
この映画が、ミュージカルになった。アメリカで製作されてトライアウト公演が好評を得た「October Sky -遠い空の向こうに-」。映画でジェイク・ギレンホールが演じてブレイクのきっかけとなった主人公・ホーマー役を務めるのは、日本のミュージカル界でロケット級の急成長を見せる甲斐翔真。初日の幕を開け、興奮と安堵を感じているという甲斐に熱い思いを聞いた。
物語の舞台は1957年、米ソ冷戦時代のアメリカ、ウエストバージニアの炭鉱町コールウッド。ほとんどの男子が炭鉱夫として危険な職務に就くのが当たり前の町で、高校生のホーマーは希望を持てずにいた。そんなとき、彼の人生を一変させる運命の瞬間が訪れる。ソ連の打ち上げた人類初の人工衛星、スプートニクを見たのだ。その美にひとすじの光を見いだし「ロケットを作りたい!」という大きな夢を抱くようになったホーマーは、3人の仲間たちとチームを組んで夢へと邁進する。だが、父の無理解など、行く手には数々の障壁が待ち受けていた。
このミュージカルへの出演が決まったことで、初めて映画を見たという甲斐は「仕事で見ることになったのですが、『なぜいままで出合わなかったんだろう、こんなにいい映画なのに!』と思うくらい、すごく胸を打たれました」と語る。
「ホーマーは自分の居場所というものをいつも探していて、何かが足りない、何か熱中できるものがほしいと思っている普通の少年だったんですが、スプートニクのおかげで運命の扉が開いた。僕自身は自分の人生に満足しちゃっているわけでもないけど、不満なわけでもない。なのに、なんでこんなに響いたんだろうと考えたとき、舞台になっている閉鎖的な炭鉱町コールウッドと、コロナ禍に悩まされているいま現在の世界に重なるところがあるからだ、と思い当たったんです。外に出たくても出られない、望んでいることが自由にできない。こういう時代を必死に生き抜いている僕たちと似ているんだ、って。だから20年以上も前の映画ですけど、よけいに響いたんだろうと思います」
シンプルでいて多層的、非常にエモーショナルな物語なだけに、ミュージカル化には向いた作品と言える。炭鉱町という舞台や父と息子の構図には、どこか名作ミュージカル「ビリー・エリオット」(映画「リトル・ダンサー」のミュージカル版)を思わせる部分も。
「映画があれだけの完成度で成り立っているだけに、正直、ここに歌を加えてミュージカルになったときどうなるんだろう、よりよくすることができるのか、という不安はありました。『この作品を壊してはならない』というプレッシャーもあった。でもこの作品は、ただホーマーが夢を掴みにいくという物語じゃない。お父さんとかお母さんとか先生とか、いろいろな登場人物の立場に共感できるし、いろいろな見方ができると思うんです。夢の裏に、どれだけの人が関わっているか。そう考えたときに、ミュージカルだからこそ伝わることもきっとあると確信できました。実話な分、無理なく成長が見て取れるし、ホーマーを囲む、夢破れた大人たちと真っ白なキャンバスのような少年という対比も、ロケットを見上げる人たちと地下に潜って過酷な仕事をする炭鉱夫たちという対比も、舞台だとくっきり見えるんです」
そう、この作品の素晴らしさは、人が人を思う力、応援し、支える力の温かさを描いているところにもあるのだ。
「舞台稽古のとき、ホーマーとしてライリー先生から『あなたは夢を叶えられなかった人のためにロケットを打ち上げて夢を叶えなさい』と言われた瞬間に、いままで関わってきた大人の人たち、夢を叶えられなかった人たちの顔がパーッと浮かんだんです。お父さん、お母さん、先生、バイコフスキーさんの顔が。『ああそうか、みんな夢を叶えられなかったから、そこまで僕のことを応援してくれて、僕に夢を託してくれたのかもしれないな』と思いました。そう思ったのがホーマーなのか僕なのかわからないんですけど(笑)」
コラム
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka