「人間を兵器にしたのは誰か」人間の境界 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
人間を兵器にしたのは誰か
本作の監督は言います。ヨーロッパは人権を尊重する素晴らしい場所であると、と同時にその歴史上ナチスによるユダヤ人迫害など非人道的な行為が行われてきた場所でもあると。
そしてこのヨーロッパの二面性、その後者である負の部分が時代を超えて繰り返されるのではないかと危惧されていました。
そしてそれは起きてしまいます。1938年に起きたナチスによるユダヤ人国外追放、そしてそのユダヤ人たちをポーランドが締め出したことで多くのユダヤ人たちは行き場を失いました。
今回のベラルーシとポーランドの国境で起きた難民の悲劇はまさにあの時と同じでした。そしてそのあとに第二次大戦が勃発します。
2015年の難民危機でEUは揺れ動きました。多くの難民が押し寄せたことでEU諸国の間では亀裂が生じました。難民受け入れに積極的な国とそうでない国、そして積極的な国の内部でも賛成派と反対派で分断が生じました。EUにとって移民問題はギリシャ危機以上の脅威でした。それを敵も十分熟知していました。
ロシアが裏で手をまわし、ベラルーシが難民を集めて一気に西側諸国へ難民を送り込みました。フィンランドがNATOに加盟した時にもロシアは同じことをしました。
彼らは難民を人間兵器として相手国に送り込み、その混乱を狙ったのです。ポーランド政府はまんまとその罠にはまりました。
国境付近に非常事態宣言をして、人権団体や報道機関を締め出し、このロシアによる攻撃に真っ向から対抗したのです。難民を兵器として認識したのです。
難民を人間ではなく兵器とすることは彼らにとっても都合がよかった。移民問題に頭を悩ませていた彼らにとってはこれを相手国からの攻撃とすることで、あらゆる非人道的行為も許されると考えたのです。EUもロシアからのハイブリッド攻撃であるとしてポーランドの行為に目をつむりました。
そしてベラルーシの誘いにのせられてEU諸国に亡命できると希望を抱いて渡ってきた人々は絶望のどん底に落とされます。
ポーランド政府からはすぐにベラルーシに戻され、そしてベラルーシから再度ポーランドへ送り返されます。これが延々と繰り返され、ひどい人は30回も繰り返されたという。寒い森に放置された人々の中には凍死する人も多くいました。
ベラルーシのような独裁国家ならいざ知らず、ポーランドのような民主国家で起きた非人道的行為。かつてナチスによる侵攻を受け、虐殺まで経験した国でありながらこの国の国境警備隊や警察はさながらゲシュタポのよう。
ユリアを尋問する警察がまさにそれでした。彼らは彼女を一糸まとわぬ姿にして屈辱を与えて屈服させようとしました。独裁者の常とう手段です。
でもユリアは負けなかった。自分が住む国境付近で繰り広げられる難民への非人道的行為を目の当たりにして彼女は奮起します。彼女は自己評価を上げたいだけのリベラルではなかったのです。
後半の活動家たちの活躍は溜飲が下がる思いでした。おとりとなって警察車両をおびき出してそのすきにレッカー車の事故車に乗せた難民を救出。暗くてつらい本作の中ではとても良かったシーンです。それと、国の無慈悲なやり方に嫌気がさしていた若き国境警備隊員が難民家族を見逃してあげるシーン。救いのないような現実の中で唯一希望が持てるシーンでした。
ロシアが行ったハイブリッド攻撃は難民の人々を利用した卑劣極まりないものでした。確かに移民問題は世界にとっては深刻な問題。それは国を分断させ、しいては国を内部から崩壊せしめるほどに。
ある意味では核兵器よりも強力なのかもしれません。でもこの兵器は核と違い無力化できるのです。
そもそも難民の人たちは兵器でも何でもない。温かいスープと暖かいぬくもりを求めて、ただヨーロッパに命がけでたどり着いたにすぎません。それをロシアは兵器として利用しましたが、受け取る側が人間として接すればいいだけのことでした。彼ら一人一人は決して危険な存在ではない。難民を受け入れることで様々な弊害が生じるかもしれない。でも同時に国が潤うほどの効果も期待できる。
ドイツは多くの移民を受け入れながらも経済は順調。国民の平均年齢も若さを維持。逆に移民に消極的なハンガリーなどは高齢化が進んでいる。この辺は日本も同じかもしれない。
ポーランド政府は墓穴を掘りました。たとえ危険なワグネル兵が混じってる可能性があったとしても殺到した難民たちに根気よく人道的に対応すべきでした。それがあのような強硬手段に出たために自国を貶める結果になったのです。
この映画の撮影自体が政府から目をつけられて大変だったようです。まさに本作の活動家たちのように。政府からの圧力のために撮影はすべて私有地の森の中で撮影して24日ぐらいで全てを撮り上げたようです。そして映画公開にあたっても政府からの妨害があったそうですが逆にそれが宣伝効果となり国内で大ヒットを記録したという。この映画のおかげかわかりませんがその極右政権は退陣したとのこと。
ロシアのウクライナ侵攻後にポーランドは多くのウクライナ人を難民として受け入れていたにもかかわらず、裏ではこのような行為が行われていたことに驚きました。難民も白人が優先されるということなのでしょうか。本作撮影時にウクライナへの侵攻が起きて、あのエピローグは急遽追加撮影したそうです。まさにポーランドのダブルスタンダードを皮肉るために。あの活動家の女性が若き国境警備隊員に思いきり皮肉を言ってましたよね。
EUは2015年の難民危機を乗り越えました。これからも加盟国同士で協力してうまく乗り越えていくと信じたい。そうすればロシアが行う人間兵器は無力化されるのです。
映画はかなりショッキングな内容でモノクロということもあり「シンドラーのリスト」を見た時の衝撃を思い出しました。まさに難民はユダヤ人そのもの。そして難民を迫害するのはナチスではなく移民問題に対して見て見ぬふりをしようとする人々の無関心なのかもしれません。
私も募金するくらいしかできない、ただの自己評価を上げたいだけのリベラルを卒業できないでいます。劇中、ユリアの協力を拒否した友人の姿が自分自身の姿とかぶってしまいました。
本当に素晴らしい映画でした。上映規模が少なすぎるのが残念です。けして楽しい映画ではないけれど「マリウポリの20日間」同様今見るべき映画でしょう。
私のレビュー欄にご返信頂き、有難うございました
レントさんのレビューは勿論、他の方のレビューも複数回拝読して、この映画の突きつける重さを何度も味わってます