「我々にも突き付けられている現実」人間の境界 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
我々にも突き付けられている現実
ベラルーシとポーランド国境で繰り広げられている、難民の押し付け合いという非人道行為を、ポーランドの映画監督・アグニエシュカ・ホランドが映画化した作品でした。先日観た「マリウポリの20日間」と異なり、本作はドキュメンタリー映画ではありませんでしたが、極めてリアリティがあり、限りなくノンフィクションに近い作品と感じました。
事の発端は、2021年5月にベラルーシがアイルランドの民間航空機を強制着陸させ、それに対して翌6月にEUがベラルーシに対して経済制裁を課したことのようです。ベラルーシは、その報復としてEU加盟国である隣国のポーランドやリトアニア、ラトヴィアに、中東やアジアから逃れてきた難民を”人間兵器”として送り込みました。既に2011年頃から始まったアラブの春を発端とした中東の混乱で難民は急増しており、多くの難民を受け入れた欧州各国では、賛成派、反対派の対立があったので、難民を送ることは間接的に敵対国の力を削ぐという効果があるという判断がベラルーシにあったのでしょう。
本作の一方の主役であるバシールらシリア人一家は、EU加盟国であるポーランドに入国すれば親戚のいるスウェーデンに行かれるという言葉を信じてベラルーシに渡り、そこから深い森の中に横たわる国境を越えてポーランドに入国する訳ですが、驚くことにポーランド当局は、こうした難民を捕まえて、ベラルーシに送り返してしまいます。ベラルーシに送り返されたバシール達は、今度はベラルーシ当局に捕まり、再度ポーランド側に送られることに。そうした驚くべき応酬が繰り返される内に、当然の結果として死んでしまう人も出て来るに至ります。バシールの長男も、途中アフガニスタンからの難民であるレイラと行動を共にする中で、沼地に嵌って溺れて亡くなってしまいました。
やや救いがあるとすれば、これまた本作の一方の主役であるポーランド側の難民支援者達の存在。国境が横たわる森の中で難民たちに食料や医療支援をする訳ですが、何せ森の中なので支援にも限界がある上、彼らのルールとして難民を輸送することや、国境付近の立ち入り禁止への立ち入りを禁じているため、根本解決には至りません。
そうしたジレンマは、支援者自身にもあるようで、新たに支援者グループに加わった精神科医のユリアが、こうした禁を破るところが物語としての見所でした。案の定ポーランド当局に拘束され、自動車も破壊されてしまう訳ですが、この一件で、支援者グループの中でも過激派の女性(名前を忘れてしまった)に、「あなたを見直したよ。てっきり自己評価(自己肯定感だったかな)を高めるために支援グループに入ったんだと思ったけど、違ったね」という言葉を投げかけて、それまで評価していなかったユリアのことを一転して認めます。そしてこの一言は、結構私自身にも刺さる言葉でした。一応平和な日本にいて、あれこれエラそうなことを言っても、それは自己満足に過ぎず、何ら世間的な問題を積極的に解決する効果はないんだと、改めて思わされることに。
ベラルーシがやっていることは非道の極致であり、一切擁護することが出来ないのは論を待ちません。一方ポーランドのやっていることはどうでしょうか。作品内で行っていたことが事実であれば、間違いなく惨たらしい人権侵害であることは間違いないとは思うものの、我が日本でも、入管施設に収容されたスリランカ人女性が亡くなった事件が話題になりましたし、最近では埼玉県川口市において、地元住民とクルド人住民との間の軋轢が、ちょくちょく報道されています。規模は小さいながらも、ポーランドで起きていることは、日本にもない訳ではないのです。たまたま自分の周辺にそうした事例がないだけなのです。それを思うと、自分が当事者になった時、ユリアのような行動を取れるのか、反対の行動を取るのか。そんな思いが、支援グループの女性のセリフを聞いて頭をよぎったところでした。
そんな訳で、難民問題を我がこととしても考えさせられた本作の評価は★4.5とします。