アラビアンナイト 三千年の願いのレビュー・感想・評価
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新しいかたちの週末婚
閉じられたかと思いきや、彼女がそのノートブックを手放すまでは続く物語。
コロナ禍に適応し、共存しようとしてゆく人類のように、ジンは現代に馴染んでゆこうとしているのかなあとも。
アイデアはいいが中途半端
アラビアンナイトを題材にした作品だがアイデアは面白くてもストーリー、脚本が中途半端。もう少し工夫が欲しかった。アラビアンナイトに関心がある人には興味深い作品。早くも今年のワースト作品候補。
文句ありにおもしろかった。
まず主人公のディティールが良い。
本の読み方に貧乏ゆすり。
ティルダスウィントンがノリノリで演じてる感じも良かった。
あと編集も凝ってて好きだった。
演出も映像表現としても引き込まれた。
たのしかった。
細かい音響?が入っているのもよくて、
メガネを取る時の音とか、
割れた瓶のかけらが擦れる音とか、
ヒールの音とかが聴けると嬉しいね。
ジンの歴史がもう世界の歴史というか、
物語の歴史のようで良かった。
特にイシルメダとゼフィールがお気に入り。
あのイシルメダの監獄部屋よ。
これはもうフェチズムかもだけど、
あの猛烈に人間味溢れる感じ。
堪らなかったですな。
打って変わってゼフィール。
彼女も主人公と同じ癖を持つ天才。
あの知的探究心は見ているだけで良いし、
クソみたいな生活には同情するし、
何だか彼女のことは知らぬ間に好きになってたなー。
それ故にラストは悲しかったですな……。
ただ文句と言うか疑問なのは、
愛という結末で終わらせてしまって良かったのかってところだよなー。
孤独や一人で生きること、学ぶことに満足し、
幸せを感じていたアリシアが愛を願うだなんて。
そして愛される生活をそれなりに幸せに感じていた。
これって、もはや映画の歴史がつくってきたものなんじゃないかと思うんですよね。
映画においてのハッピーエンドって、
愛を証明したり人間賛歌をうたうことだって、
もう何度も刷り込まれてしまったんじゃないかと。
それ以外の映画はあり得ない、みたいな。
……と思ったけど、そんなことないか。
『はじまりのうた』とかあんな爽やかなエンドを迎えたけど、
彼女は「愛」というよりは、自分のしたいこと、
自分の人生を掴んだわけだもんね。
「フランシス・ハ」とかもそうか。てか山ほどあるか。
今作だって、何か「知性」とか「知識」とかが
擬人化して彼女と結ばれるみたいなエンドだって
映像的にはおかしいのかもしれないけれど、ありなわけで。
アリシアとジンが愛で結ばれるのって、
どうしても性とか異性愛とかに見えちゃうところがあって、
否定はしないし、アリシアには元夫がいたわけだから
無い訳では無いんだけど、納得はできないんよな。
これは、答えを見つけるしか無い問題。
あと小言だけど、
あの隣人の描き方はどうなん?と思ったけど、
彼女らの間にも愛はあるのだろうし、
あのピスタチオのお菓子で全然許してたというか
心変わりしていたので、
それくらい寛容な人たちだったってことですかね!
【”MAD MAX 怒りのデスロードのアラビアンナイトバージョンかな?等と思って観ると痛い目に合う作品。”今作は孤独な魔人と諦念に満ちた女性神話&物語研究者との恋物語なのである。(私の勝手な解釈。)】
ー ♪ティールダ、ティルダ、ティールダ、ティルダ、スウィントン♪と、徹子の部屋のメロディを梅毒にヤラレタ脳内で、リフレインしながら劇場へ。
そう、脳内では勝手に、”MAD MAX 怒りのデスロードのアラビアンナイトバージョンだよな!”と思って観に行ったのである、私は。ところが・・。-
◆感想
・神話や物語の研究者、アリシア(ティールダ・スウィントン)は、講演の為に訪れたトルコ・イスタンブールのバザールで、ガラスの小瓶を購入する。ホテルに帰り、瓶の汚れを落とそうと電動歯ブラシ(だよね?)でゴシゴシ洗っていたら、蓋が始め跳び、中から超大男のジン(以下、魔人)(イドリス・エルバ)が現れ、”三つの願いを叶えるよう”と宣う。
ー あれれ、全然MAD MAXじゃないじゃん・・。”
・中盤までは、確かにアラビアンナイト風の3000年にも渡る、魔人が語る数々の物語が、アラビアンナイト感満載で描かれる。
あのVFXを多用した、エキゾチックな物語の数々は面白く鑑賞。
太った女性群との酒池肉林(まさに字の如く・・。)は凄かったなあ・・。
・だが、御存じの通り夢を叶える物語が必ずしもハッピーエンドにならない事は衆知の事。それを知っているアリシアは魔人の申し出を受けない。
・そのうちに、魔人はシバの女王との悲恋の話を始めるが、矢張りどれもアンハッピーエンドで、何度も魔人が瓶の中に閉じ込められてきた孤独で哀しき過去を持つ事をアリシアは知るのである。
そして、アリシア自身も、親兄弟はなく、夫とも別れ寂しき独り身・・。
<そんな二人が、お互いを失いたくないという想いに駆られるのに、そんなに時間は必要なかった・・。
今作は、所々、分かりにくい部分もあるが、エキゾチックな物語の数々のシーンや、ラスト、魔人がアリシアを抱きかかえるように歩き去る姿は、中々良かったな・・。>
物語を物語る物語。
文学者のアリシアがイスタンブールで小綺麗な瓶を購入!しかし、その中から魔神が出てきて3つの願い事を…といった物語。
タイトルからして、ファンタジーアドベンチャー的なものかと想像していたら、魔神と出会ってお話して…の展開が、、、これどこまでやるの⁉
全体を通し、終盤まで魔神が自身の過去をお話しする場面が続き・・・勿論ただ話すだけではなく、回想シーンとしてその時の場面も見せられるが、1つのストーリーと言うよりは、回想だからダイジェストみたいなもので。。
鑑賞前のイメージと違ったからとかではなく、シンプルに自分には全く合いませんでしたかね。。
最後の123がロマンチックだったり、エンディング曲も良かったし、現実主義とか夢のある話とか、きっと強いメッセージ性のある作品なんだろうけど、ワタクシはそれを感じ取れるレベルにはなく。。
どんな映画でもソコソコ楽しめるタイプだと思ってますが、珍しく、あまりのめり込むことは…ちょっとできませんでした。
合わなかった
29本目。
会話劇な感じで、映像はあっても補助的で、大胆な感じそうには思えるんだけど、落ち着いた感じで、盛り上がってこない。
早々にスイッチオフだけど、何とか面白そうな所をと思ったけど、オンになる事はなく。
まあ、合わないものは仕様がない。
3つの願い、何をかなえる?
2023年劇場鑑賞42本目。
なんか中世の時代のファンタジーかな、くらいの印象で鑑賞。
いきなり現代だったので、現代によみがえった魔神が起こす騒動みたいな
話かなと思ったらホテルの一室で話すだけ。
でもこれが結構面白いんですよね。ランプの魔神が3つの願いをかなえる、という話は聞きなじみがあると思いますが、「アラジン」でかなえた願いって最後は覚えてるけどあとの2つはなんだっけ?という感じで。この物語の魔神は3つの願いを毎回かなえられないので未だに閉じ込められているという設定が斬新で、その理由を話してくれるのですが、なるほどね、と思わされました。
自分なら何をかなえてもらおうかな(願いを増やしたり、死なない体にしたりはダメと最初にかなり細かくルールを説明される)と考えながら観るのも楽しいですね。
自分なら「自分が好きになれる女性に好きになってもらう」「買う宝くじが全て高額当選するように」「天寿を全うできる健康な身体」ですかね〜
※恋バナです。
私、この映画のサブタイを《三千年の戦い》と読み違えていたんですよね。
マッドマックスみのある荒ぶる戦闘シーンもあるにはありますが、メインはティルダ演ずる学者と魔人との恋バナでございました。別にティルダ戦わんかった。
映像はさすがに美麗です。
内容はまあ王道。
ジョージ・ミラーの珍しいロマンス劇
率直な感想は、「思っていたのと違った」という事。いやもちろん、『マッドマックス』みたいなアクションや、『ハッピーフィート』のようなアドベンチャーを期待していたわけじゃないんだけど。
ジョージ・ミラーらしさを感じたのが、寓話を題材にしている点。実は『マッドマックス』シリーズも、荒廃した世界に降り立った英雄譚だった。というか、恋愛に奔走された人間と魔人によるド直球なロマンス劇をミラーが手がけたのが意外。テリー・ギリアムやターセム作品に似た雰囲気を感じたのは自分だけではないはず。ティルダ・スウィントンが普通の女性を演じるというのも、近年では新鮮かも。
全編通して舞台上で繰り広げられる対話劇に近いので、展開の起伏が乏しかったのが少々残念。セリフ量も少なく、画力が半端なかった前監督作『フューリーロード』の反動が強すぎたか…
「物語」と“何故人間というものは物語を求め綴るのか”を描いた映画。
①「魔法のランプ」に基づいたドラマや映画は沢山あるが、ランプの中に閉じ込められていた魔人と魔人をランプから出した人間とのロマンスを描いた映画はこれが初めてでは。(TVドラマでは男女反対で『可愛い魔女ジニー』ってのがありましたが)
②「物語学」(または「物語論」※narratology)というものが有るのを初めて知った。
主人公をその研究者にしたのは上手い設定。
呼ばれたイスタンブール(イスラム世界)での講演会の席上、彼女は「物語」が生まれた背景等を簡略にスピーチするが、今後の情報技術の発達で「物語」というものは死滅してしまうだろう、と言ったところで何処からともなく現れた老人(後に魔人の物語の中で出てくる王を唯一楽しませた老人?)に“ふざけるな!”と一括されて気絶してしまう。
それと、この映画は物語り形式が「入れ細工」になっているのも特徴的。
先ずはこの映画(「物語」)の語り手として主人公がいる。その物語の中に「ランプと自分の物語」を語る魔人が出てくる。
この映画は物語の語り口として二重構造を取っているわけだ。
そこで、主人公が「物語学」の学者だという設定が効いてくる。
「物語」というものを研究しているから、普通の人間ならすぐ“引っ掛かってしまう3つの願いを叶える”という話に簡単に乗ってこない。“3つの願い”の話は大概欲をかいた人間の失敗談で終わってしまうことを研究して知っているからだ。
何とか自由な魔人に戻れるようアリシアに自分の3000年間の物語を話すも3つの話も全て人間の欲望・愚かさ等(自分の愚かさも含まれる)によりアリシアの言う通りハッピーエンドとはほど遠い。
※魔人(ジン)についてWekipediaで調べてみると、この映画の内容に関する部分は下記の通り:
知力・体力・魔力全てにおいて人間より優れるが、ソロモン王には対抗できないとされる。ソロモン王はジンを自在に操り(これでソロモン王が魔人を壺に入れることが出来た理由が分かった)、神殿を立てる際にもジンを動員したと言われている。
クルアーンに拠る公認教義では、ジンは人間と天使の間に位置する被造物とされる。古典イスラム法でもジンの位置づけを定めているが、ジンが人間と結婚する事についても論考されている。
なお、アラビアンナイト(千夜一夜物語)の伝承で有名な、「シャハラザード姫が残虐な王の悪習を止めさせる為に毎晩一話ずつ話をしてついに成功したとする結末は、後世のヨーロッパ人が追加したものである」ということがそうだが、このエピソードは魔人の語る物語で別の形で取り入れられている。
これらの物語を聞いてアリシアが決断した「願い」は、魔人とアリシアとが相思相違になること。(いささか突飛だとは思ったが)
③孤独を愛する知的で自立した女性を演じるのに現代最高の女優の一人ティルダ・スウィントンはまたとない適役である(まあ、何をやっても上手いけど)(私がこの映画を観ようと思ったのも彼女が出ているから)
一方、イドリス・エルバも3000年も人間たちを見ながらひねくれもせず厭世的にもならなかった魔人を、酸いも甘いも噛み分けたような包容力のある演技で魅力的に造形している。
殆ど二人だけの芝居ながら(魔人が話す「物語」部分は劇中劇なのでここでは省きます)、この二人の好演で飽きさせない。
④
貧乏揺すり
"ストーリーテリング"についての壮大なCGを駆使した西洋画のようなルックと作劇であり、哲学と思想的、且つロマンティシズム溢れる作品である
但し、これが非常に難解な哲学故に、ストーリーそのもののシンプルさとの結びつきを見出すことが困難な思考を余儀なくされるのである
なので、本作を充分に理解したいのならば何回も観るべきなのであろう 色々な伏線と回収が散りばめられている所も、"塵"である人間ならではの成せる技なのかもしれない
ラストの解釈は特に困難を極める 私は、『愛しすぎるが故にジンの能力が徐々に削がれるから、たまに通い婚でいいじゃね』的に思ったのだが、考察サイトではそうじゃないらしい・・・
そんな具合に、その物語を受取った人がそれぞれの考えを持っていいのではという多様性の話であるという結論なのだが、これも間違っているのかな?(苦笑
アラビアンナイト、イスラム神話ベースだけど、その美しさ、寓話満載、不思議感満載。最後は共感。
瓶に閉じ込められた魔人の🧞♂️孤独とシングル中年女性研究者の孤独が共振し、一つになる。
最後は善意的解釈が適当でしょう。
カンケーないけど【ハクション大魔王🤧】思い出した。
所詮はワシの、【物語】なんてこんなもの
しかし、インチキくさいイスタンブールのバザールのツボ🏺小さい胡散臭い
飛び出した魔人の3000年の物語は壮大
エピソードが3つくらいに分かれるが
良い意味で古臭く、色彩美、造形美で煌びやか
教訓にもなる男女の愛、嫉妬、支配欲、示唆に富む物語
現代の研究者の孤独な彼女にもそれなりの物語が
アラビアンナイト、イスラム説話がベースだけど、それだけじゃないし
映像にすると摩訶不思議
空飛ぶ絨毯や魔法のランプは🪔出てこないが、過去から現在へ、現在から未来へ
【女性の真の心を捉えることができない】人間臭い魔人が
主人公の心を鷲掴み、二つの孤独が共鳴共振します。
そう、2人は恋愛を超えた同士なのだ。
決して狂気ではない、現在・過去・未来の物語。
詳しいエピソードにこだわらなくても
①映像美
②研究者の彼女の心の機微
③本当は思慮深く繊細な魔人
に身を任せれば快適作品。
物語も面白いが映像も面白い、おすすめ。ただ、2つ目のエピソードがよくわからなかったよ。
ツボ🏺で無くて瓶🫙だな。お粗末さま。
良い意味で・古臭く、煌びやか
理性と欲望の物語を、意表を付く映像表現で見せる一作
『マッドマックス』シリーズの創始者で、その最新作『マッドマックス 怒りのデスロード』(2015)の鮮烈な印象も未だ生々しいジョージ・ミラー監督による古典物語の映像化。
『アラビアンナイト』と銘打たれているだけに、ジンと呼ばれる魔神(イドリス・エルバ)は登場するんだけど、シンドバッドも空飛ぶ絨毯も登場しない、しかも現代劇まで含んだ、あくまでミラー監督版の『アラビアンナイト』となっています。
序盤から終盤近くまでは、主にジンの語る3つの物語を中心に展開するという、いかにも『アラビアンナイト』的な構造となっています。一つひとつの物語は、かなり過激な要素も含んだ欲望の物語なのですが、映像的にもアングルや演出がまさにショット単位で入念に考え抜かれていて、一つとしてありきたり、と感じさせるような映像がないという気合いの入れっぷり。この残虐さと猥雑さを炎でくるむような映像美は、まさにミラー監督ならではと言えるもので、画面中に刺激に満ちています。
後半になってくると、アリシア(ティルダ・スウィントン)の物語に軸足が映っていくのですが、ここから奇想天外な映像美から一転して、場面によっては定型的とも思えるようなショットが含まれるようになります。こうした映像的な変化と物語の方向性の不明確さが相まって、人によってはやや冗長に感じられるかも知れません。
しかしこの「理性と欲望の相克」こそ恐らくミラー監督が本作で描きたかったテーマなのか、この場面で交わされる会話は非常に考えさせられる要素を含んでいました。ノンストップ・ハイファンタジー映画と思わせておいて、そうは問屋が卸さない、という底知れなさこそが、ミラー監督作品の魅力なのかも知れません。
心のなかの願望をすくいあげる魔人
ストリーミングサービスの普及により、人々は映画館に足を運ぶことなく新作映画を楽しむようになる。コロナ禍がその流れをいっそう押し進め、「ソーシャルディスタンス」の要請は映画撮影の現場にも支障をきたす。
そんな社会背景のもと、2022-23年にかけては映画にまつわる「価値」を問い直すような作品が続々とリリースされているようにも思える。
デミアン・チャゼル監督の『バビロン』は、映画製作の現場における熱狂を描く。サム・メンデス監督による『エンパイア・オブ・ライト』は、映画館を舞台にした感動的な人間ドラマである。巨匠スティーブン・スピルバーグは自らの幼少期の記憶に基づいて、映画のもつ夢の力を描く『フェイブルマンズ』を制作した。
(いずれも筆者未見ではあるものの)これらの作品は、映画制作や映画業界そのものの楽しさを描いたり、映画館という場所の良さを強調するものであるように思える。
このように、映画の持つ様々な「価値」を描く作品が続々と公開される中で、本作『アラビアンナイト 3千年の願い』は、物語の持つ意味とは何かを問いかける。
映画とは、まず映像を主体とした芸術であることは当然のことながら、そこにはストーリー、ナラティブがある。単なる映像ではなく、基本的には「物語」である。
そういった物語は、我々の願望を具現化したものが多い。私たちが日常生活で我慢している気持ちを解放したり、理想的な生き方を提示してくれたり、理想の社会を映像化してくれたり、空想の世界や非現実的な体験をさせてくれたりする。
普段の生活、通常の人生を送っていて、(あらゆる意味で)「できないこと」を映像にすることで、私たちの心を満たしてくれるのが映画の役割でもある。
映像として提示されることによって初めて「これが自分の心が求めているものなのか」と気づく場合もあるが、私たちは日常生活を送りながら、理想を追い求めている瞬間がある。例えば歯を磨いている瞬間や、シャワーを浴びている瞬間。靴紐を結んだり、家から外に出て歩いている瞬間。私たちの心はどこかを彷徨って、「あれをしたい」「これをしたい」と、願望を抱いている。
それは映画に出てくるような非現実的な空想であるとは限らない。単に「新しい家具が欲しい」とか「旅行の計画を立てようかな」ということでもいい。
ここで重要なのは「私たちの心が彷徨いながら、自分が実現したいことについて考えている瞬間が、普段の生活の何処かにある」ということだ。もう少し重要な、人生の転機...例えば「転職しようかな」といったことでもいい。
こういった「私たちの心が彷徨いながら抱いている願望」というのは、ポジティブで、自分の生活や人生をよりよくしたい、という真っ当な根拠に基づいている。もう少しスケールが大きくなれば「自分たちの社会をよりよくしたい」「こんな仕組みができたらいいな」といった社会変革に繋がるようなものでもいい。
そういう、「理想を実現したい気持ち」をすくいあげようとするのが、劇中に登場した魔人"ディン"なのではないか。この魔人が、主人公の妄想や幻覚にすぎないのか、それとも現実なのかはそれほど重要なことではない。
彼女にとってこの魔人は、幼少期に現れたという少年の幻影と同じようなものなのではないだろうか。
この「願望をすくいあげる幻影」は、基本的に彼女が1人の時に限って登場する。
これはあくまで個人的な体験に基づいているが、他者と接する時、社会の慣習やマナーだとか、いろいろな決まりに縛られて「本当の自分」を解放できないことが多い。これは、「自分の願望」が著しく抑圧された状態である。
一方で、「1人の時間」「自分だけの時間」ができると、心が解放され、自分の願望について考える時間になる。
彼女の心の中の魔人が登場するのも1人の時間であり、孤独を好む彼女は、自分自身と向き合う時間が多く取れていることだろう。
ところが、(夫と別れたことで彼女の心に埋められないものができたかどうかはわからないが)彼女は孤独を愛し、自分の知識を満たすことに1人の時間を費やし、学問によって生活もできており、他者に頼る必要もなく、すっかり願うものがない。
そんな彼女の影で、過去の歴史上、宮廷奴隷として扱われた女性や、自宅に監禁された少女など、「自己実現できなかった女性たち」の存在が、魔人の口から語られる。
(本作の監督ジョージ・ミラーは、女性が主役となった『マッドマックス』を制作し、ジェンダー的な観点から大絶賛を浴びたクリエイターでもある。『マッドマックス』に登場した女リーダーを主人公にした『フュリオサ』の公開も控えている。)
主人公の隣人である女性たちは旧来的・家父長制度的な考え方を強く抱いており、彼女に雑念を植え付けようとするが、彼女は1人の時間を作ることで再び、心の中の魔人、物語をつくる「願望」と向き合う。
・・・・
古来、神話や宗教は、世界の成り立ちや自然現象に関する説明を巻き込みながら、時に政治的な意図で、権力者の神格化・権威づけや正統性の主張のために利用された。
自然科学の発達や経済的な豊かさによって、政治における「物語」の居場所はどんどんなくなっていく。私たちの信念や信条、行動が、聖書のような宗教的物語によって縛られることも少なくなっていく。
それでもなお、我々の願望を実現する「物語」は、映画の中で生き続けている。
・・・・・
注)
戦争映画、恐竜映画、宇宙SF、アクション
恋愛映画
社会性のある映画...人種、ジェンダー
こういった「日常にはないもの」「夢のあるもの」「理想の生活・生き方・人生・社会を提示してくれるもの」というのはあくまで映画作品の一部で、ミステリー映画のように謎解き目的で知的能力を試したり、映画の手法を色々と実験するような「映画のために作られた作品」、芸術的意図を持って作られた作品というものもあるから、「願望を実現する」というのは映画の役割の中でもあくまで1つです。(それでも、現実生活ではほとんど体験できない出来事を映像化することがほとんどですね。)
・・・・・
私たちの心の奥底に眠っている願いは、忙しい日常生活の中で、社会の要望に答えているうちに立ち消えてしまいがちだ。他者と接していると、心の中の願いは居場所を失ってしまう。
そんな「願い」と向き合い、よく観察し、心の中に居場所を確保してあげること。そして他者と相対しながらもその願いのままに生きること。「これが自分の生き方だ」と提示すること。
自分の生き方が、これまでの「普通」とは異なることに、不安を覚える日もある。それでもそんな自分を愛して欲しい。認めて欲しい。
この映画に込められたのはそんなささやかなメッセージであるように思う。
(2月24日追記)
・・・・
【もう少し詳しく】
この映画の中で、魔人"ディン"の口から、3つの物語が語られます。
いずれも女性を主人公とし、どのストーリーでも、最後には魔人が封印されてしまいます。
この3つの物語には、2通りの解釈が存在します。
1つ目は「主人公が女性として生きてきた中で、自分の生き方、可能性について脳内で検討してきたことを物語に仕立てたもの」
2つ目は「過去の歴史上、女性たちがどう扱われてきたか。そして彼女たちには気づきもしなかった、その当時は願うこともできなかったことがあった」ということ。
いずれの解釈においても、魔人は、「女性としての願い」あるいは「主人公の願い」を意味します。
1つ目のストーリーは、シバの女王とソロモン王とのラブロマンスです。
しかし2人が結ばれたとき、魔人は封印されてしまいます。
このことは、主人公が過去に男性と恋に落ちたことにも対応しますし、「ここから男性優位社会が始まる歴史」を意味しているようにも思えます。
実際、シバの女王の物語においては彼女こそが世界を統べる存在として君臨していたのに対し、あとの2つの物語においては、女性の主人公たちはいずれも、宮廷奴隷、そして人身売買によって性奴隷となった少女です。
また、シバの女王が何かを欲する時に喉を鳴らすのと同じように、主人公にも「何かを欲する時に唾を飲み込み喉を鳴らす」という癖があります。このことは、シバの女王が主人公の投影である、という可能性に気づかせるサインでもあります。
シバの女王が男性と恋に落ちると、「恋は盲目」ということわざ通りに、女王は魔人=「人生の可能性や心に秘めた理想、まだ見ぬ自分の理想」を忘れてしまい、ディンは封印されてしまうことになります。
2つ目のストーリーは、皇位後継者の子を宿したものの、宮廷策略に巻き込まれて亡くなってしまった若い女性奴隷の物語です。
主人公は、過去にある男性と恋に落ちて結婚しましたが、どうやら妊娠や出産の経験はなさそうです。したがって、もしも2つ目のストーリーが主人公の経験に基づいているとみなすならば、「妊娠や出産の可能性を検討したが、その先がなかったこと」を表しているように思われます。
女性の幸せが妊娠や出産に限定されていた時代や地域があった(そして今でもあるorそういう考え方をする人もいる)事実は、「過去の女性の扱われ方を表している」という解釈に合致しますね。
このストーリーで魔人が封印されてしまうのは、「妊娠・出産のその先のなさ」の象徴であり、閉塞感ゆえなのかも知れません。
※この考察は、妊娠や出産を肯定的に捉え、それを目標として生活する女性の願いを否定するものではありません。個々人の願いは様々で、妊娠・出産・育児をしたい人もいれば、そうではない人もいるでしょうから。ここでいう「閉塞感」とは後者の女性に対して当てはまるもので、妊娠・出産とは異なる人生の可能性を模索しても道を塞がれてしまうような閉塞感のことを指します。
3つ目のストーリーは、人身売買によってか、老齢の男性と結婚し、性奴隷として監禁されてしまった12歳の少女の物語です。
少女は非常に知的で、貪欲であり、電磁気の方程式を編み出すものの、それを世に出すことなく終わってしまいます。
※劇中に登場する方程式は、実際の物理学のものです。「マクスウェル方程式」と呼ばれ、電磁学の基本原理となる4つの式です。理系の学生は大学で学びます。
この少女のストーリーは、「男性優位社会ゆえに才能を認められなかった人々の存在」を示唆しているようにも思えますし、学求心の旺盛な主人公自身の投影として、「女性だから認められなかった」という、過去の障壁、あるいは「女性だから認められないのでは?」という不安や恐怖心などを象徴しているのかも知れません。
実際、3つ目のストーリーに登場する少女には貧乏ゆすりの癖がありますが、主人公自身も貧乏ゆすりをしながら仕事に向かう姿が描かれていますね。
主人公はナラトロジーの研究者としてある程度成功しているようで、講演会の舞台にも立っていますから、どちらかというと現実世界の我々に対し、才能ある女性の活躍の舞台を妨げてはいないか?という問いを投げかけているメッセージのようにも思えます。
才能があっても自分の活躍の場を持てず、世間に認められることのない時代背景ゆえか、魔人は封印されてしまいます。ここでの魔人は、自己実現願望の象徴とも言えますね。
映画のラストで主人公と魔人が愛し合うのは、「孤独で知に生きる主人公が、そんな自分の生き方を愛することができるようになったこと」を表しているとも言えますし、そんな社会が今現実のものとなりつつある、あるいはそうあって欲しいという願いが込められているのかも知れません。
この映画が、性別を問わずあらゆる人の心の中にある願いの存在を否定するものではないと思いますが、主に女性に向けての物語であると捉えたとき、「あなたはどんな社会になって欲しいですか」「女性としてどう生きたいですか」と問いかけているようにも思えます。
※都合上、男女二元論のような書き方になりました。
「3千年の願い」とは、女性のための、まだ見ぬ理想の生き方なのかも...
(2月25日追記)
大人も夢見たい。そんな願いを叶えてくれる物語
独身を楽しんでいる物語研究者と、ジンとのラブコメだと思っていたら、ジンの過去編がやたらと面白い。
シバ女王とのエピソードから始まり、オスマントルコの全盛期のスレイマン大帝時代のエピソード、そしてムラト4世時代のエピソード。
超豊満な女性のど迫力ボディで圧倒されたかと思えば、女性天才発明家とのロマンチックな恋物語に魅了されてしまう。それに、オスマン朝を再現した豪奢な美術セットが堪能できるから歴史好きにはたまらない。
本編に戻ってもイドリス・エルバとティルダ・スウィントンとの掛け合いは、息があって面白いし、成り行きもロマンチック。
3つの望みは、何でも叶うわけではなく、ジンの能力には限界があるらしい。不老不死とかは当然ダメ。またジンを瓶に封印する方法もバリエーションがあって、その映像はとても不可思議。
大人も夢見たい。そんな願いを叶えてくれる物語でございます。
3つの願い
自分なら何をお願いするか?考えてしまった。
魔人の過去の物語はまあまあ面白かった。
最後の主人公の願いごとから一気に話が難しくなり、よく分からなかった。
結局は魔人はどうなったの?
地下室のあれは何?
主人公が書いてた3千年って、あの話し全部は彼女が書いたものだったってこと?
よく分からん。
これが映画って感じ。
全93件中、61~80件目を表示